ハッピーレボリューション

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第十九夜 「新人教育」

話って何だろう?

営業前に菊地から呼び出された美里は、店の近くの喫茶店に向かっていた。


「美里ちゃん、おはよう!
 仕事前にごめんね」

「ぜんぜんいいですけど…。
 それより話ってなんですか?」

「うん。
 今日は美里ちゃんに『マネジメント』について話があるんだ」

マネジメント???

「美里ちゃん、ウチの店では
 もうすっかり中堅だよね」

「え? あ…はい…」

「実は美里ちゃんに
『新人教育係』をやってほしいんだ」

「ええ? 私が、ですか?
 そんな、いきなり言われても…。
 だって私、何もできませんよ?」

「そんなことないよ。
 美里ちゃんは、みんなに慕われているし、
 僕のアドバイスも素直に聞いて、
 結果も出してくれている」

震災後の苦しい時期を、菊地とタッグを組んで売上を伸ばしたことを、美里は思い出していた。

「それに何より、誰よりも努力してる。
 新人教育係は美里ちゃん以外、適任はいないよ」

「私……人に教わることはあっても、
 誰かに何かを教えてるなんて…
 高校の部活動以来なんですけど…」

「僕はね、従業員全員でお店全体を盛り上げていきたいんだ。
 そのために、美里ちゃんの力を貸してほしい。
 だいじょうぶ!
 僕だってもちろん、全力でサポートするよ」

「確かに、新人のコたちも相談する相手がいないと
 辞めていっちゃいますしね…。
 ……わかりました。
 うまくできるか自信がないけど、
 私が今まで教わったことを、
 自分なりに下のコたちに伝えてみます」


   ∗     ∗    ∗  


「初めまして! 勇也でーす!」

真っ黒な紙に、左側には写真、金色の文字。

これは、結構お金がかかってるなぁ…

差し出された名刺を見ながら、美里は自分の名刺を思い浮かべた。


ある日の営業後。
『ゆかた祭』のイベントが終わり、珍しくアフターがなかった美里は、同じくアフターのない新人のコたち3人を誘い、タクシーに乗り、新宿歌舞伎町のホストクラブに向かった。

「せっかく着付けてもらったのに、
 このまま家に帰って脱ぐのはもったいないよね」

「美里さんて
 よくホストクラブに行くんですかぁ?」

「ううん。ほとんど行かないかな」

「私、初めてなんですよぉ〜」

そんなことを話しているうちに、タクシーは歌舞伎町に到着した。

あの日の菊地店長の話を受けて自分なりに考えた美里は、お客様の気持ちを言葉で伝えるより、体験するほうが早いと考えて、このコたちをホストクラブに連れてきたのだった。

「いらっしゃいませ!
 何飲む?
 ねぇねぇお姉さん、名前、なんていうの?」

コイツ!!!

美里は、席に着くなりムカッとした。

ホストは20才そこそこに見える。
お姉さんと呼ばれるのは仕方がない。
でも、美里は明らかに彼より年上だ。

ちょっと!
初対面でタメ口って!
どういうことよ!?


美里はひとりイライラしながらも、女のコたちが楽しそうに名刺交換をしているところ見て我に返り、笑顔で対応することにした。

「美里って呼んで」

「美里ちゃんかぁ。いい名前だね。
 家どこ? 仕事何してんの?
 ってか、なんでゆかたなの?」

答える間もなく矢継ぎ早に質問され、美里はうんざりしていた。

「家は、この近所。
 仕事は普通にOL。
 今日はクラブでゆかたのイベントがあったから、
 それ終わりで来たの」

「へ~。そうなんだ~。
 ねぇねぇ、俺、何型に見える?」

・・・・・は?

君の血液型について、なぜ私が考えなければいけないわけ?
ってか、大体、質問しておいて、私の話、聞いてた?
答えた内容と、全然関係ない話なんですけど!!!


イライラは、募る一方だったが、美里の微妙な表情の変化に気付くこともなく、やたらと話し続けてくる。

やばい。ここで怒ってはダメだ。
大人にならなくては!


適当な会話には適当な返事で会話をつなげていると、ふと、入店したての頃に美里がお客様からいただいたクレームと、目の前の勇也の会話とがリンクしてきた。


「このコ……変えてくれない!?
 なんかさぁ、尋問されてるみたいで
 疲れちゃうんだよね」

え? 尋問って……。
初対面だし、お客様からは何も話してくれないし、
だから私はただ、会話をしようと思って
質問していただけなのに……。
何がいけないの???



このホストは、昔の私。
このコ、これでも必死なんだ…。


そう思うと、なんだか笑えてきた。

「美里ちゃん…何がおかしいの?
 俺、そんなにおもしろい?」

「あ、ごめん。
 ちょっと思い出し笑いしちゃって」

「じゃ、お姉さぁん。
 俺、ハジけるの飲んでハジけたい!」

すかさず、シャンパンの欄を開いた状態のボトルメニューを差し出してきて、勇也は満足そうな顔をしていた。

「あははは。
 勇也くん、何飲みたいの?」

勇也の顔があからさまにパッと輝く。

「え? マジッすか?
 やっぱ、ドンペリでしょ!」

5万5000円と書かれた部分を指で差していた。

「すっごーい! ドンペリなんて、美味しそう!
 ところで、勇也くん。
 何で私がドンペリを入れるわけ?
 このお値段分のサービスがあるとか!?

美里は、急に皮肉の笑いを浮かべた。
勇也はもちろん、そんな表情の意味には気付かない。

「サービス!?
 じゃあ、俺が一晩付き合ってあげる!」

美里は、飲んでいたビールを吹き出しそうになった。

「一晩付き合ってくれるんだ!?

女のコたちも、勇也と美里のやり取りに注目して笑っていた。

たとえお金をもらっても、
君と一晩付き合うことはないよ!
でもこの感じ…まさに、新人の頃の私と重なるわ…。
会話もたいして続かないのに、
唐突に「ワイン飲みたい♡」っておねだりして
よく失敗してたな…。


ワインやシャンパンをバンバン空けてもらっているお姉さんたちを横目に見ながら、美里もあせって無謀なチャレンジをしたものだ。

でも、今ならわかる。
オミズにも、費用対効果というものがあることを。

男友達に
「お金払って、女と話してもらうなんて、俺は信じられない」
って言われたことがあったけど、
キャバクラやクラブは女のコたちが、
お金をもらって話してあげる場所じゃない……。

新人ちゃんたちに、少しでも伝わるだろうか……?
どういうときにお客様が、
ワインやシャンパンを入れたくなるか……。



しばらくして店を出て、美里たちは近くのバーで飲み直すことにした。

「さっきのお店どうだった?」

「まぁ、楽しかったです」

「ほんと?」

「あ、いえ、うーん…。
 ごちそうしていただいたのに、なんか申し訳ないですけど…
 正直微妙でした」

「何が微妙だった?」

「なんかよくわからないけど、
 話してても楽しくなかったってゆーか…」

「そうだよね。
 でも、実は私についた男のコ、
 新人の頃の私とそっくりだった!」

「えーー!? 美里さんと?
 ほんとですかぁ? どんなところが???」

「無鉄砲にシャンパンってねだってみちゃうところとか、かな。
 まぁ、それは今度話すね!
 せっかく集まれたんだから、今日はみんなで飲もー!」

彼氏のこと、お客様のこと、お店のこと……女のコたちの話を聞きながら美里は、この先の新人教育プランについて、思いを巡らせていた——。

(つづく)


★ Kaori's column ★

vol.20 オミズのコの恋愛
オミズのコだって普通の女のコ。
恋愛もしますし、彼氏もいます。
今回はそんな女のコたちの恋愛事情についてのコラムです。

ホステスやキャバ嬢をやってるコたちの彼氏は、いくつかのパターンにわかれるようです。

(1)彼氏がお客様
(2)彼氏がプライベートなつながり
(3)彼氏がホスト
(4)彼氏をつくらない

各パータンのメリット・デメリットについて、わたしが見聞き(体験・笑)したものを含めてまとめてみました。

(1)彼氏がお客様…の場合

お客様と付き合うメリット…。
それはご想像の通り(彼氏の懐具合にもよりますが)、売上に協力してくれることが多いということです。
逆にデメリットも売上に関することで、急激に売上が上がることによって、他のコから「あのコ、あの人と付き合っているらしいよ」とすぐに噂になり、それが他のお客様の耳に入れば、他のお客様を遠ざけてしまう原因にもなりやすいのです。
あげくの果てに「あのコ、枕してるらしいよ」と、噂になったりもします。
また、そのコ自身が彼氏の席にばかりいたがり、他のお客様のフォローがおろそかになる恐れもあります。

私が考える中でお客様とお付き合いすることの一番のメリットは、接客力がアップすることです。
お客様に送る好意的な態度や、メールを考える時のアドバイスとして私は、「お客様を彼氏か、片思いの好きな人だと思って接すること」と伝えます。
そして、これを理解するのに一番手っ取り早いのは、実際にそういうことを体験することなのです。
お客様に何てお誘いすればいいか、わからない…彼氏だったら、何てお誘いしますか?
お客様と何を話せばよいか、わからない…好きな人だったら、どんな会話をしますか?


(2)彼氏がプライベートなつながり…の場合

例えば大学の同級生だったり、合コンで知り合った相手だったりな場合もあります…(あ! 私だ!・笑)。
そういう場合、この業界を知らない彼に、仕事のことを理解してもらうことは至難の業です。
仕事の話をしないことが相手への気づかいであると、私は思います。

これは私の体験ですが…プライベートで好きになった人をお店に呼んでしまったことでの失敗談があります。
当たり前ですが、お店では、自分の彼女がいろいろな男性と親しそうに話しているわけです。
私のそんな姿を見るのは初めてで、彼にとっては衝撃だったのでしょう。
それに、銀座のクラブですから、料金もかなり高いわけで、相当無理をしてお店に来てくれるのですが、そのたびに他のお客様より良い扱いをされていないと、コンプレックスを感じたようで…。
お店が終わるまで、ビルの下で待ち伏せされたり、深夜の並木通りを追いかけられたり…と、だんだんと異常な行動をとるようになりました。
その彼は、ストーカーと化してしまったのです。
しまいには、他店の黒服さんに取り押さえられたりしていましたね。
私、見る目なかったと反省です……。


(3)彼氏がホスト…の場合

「私の彼氏、ホストなんだけど、売れっコで超忙しいの。なかなか会えないから、会いたい時はお店に呼ばれるんだよね!」
…こんなことを言ってる女のコがいました。
って…ん? おい!! それは、ひょっとして、彼氏じゃないんじゃないか!?
(かわいそうなので、ストレートには言えませんでしたけど)

女のコと比べて、男性のほうが身体的なリスクも低いですし、ホスト業界では枕営業的なものが王道の営業手段になっていると、あるカリスマホストの方から聞いたことがあります。
キャバクラやクラブに、遊びや仕事(接待)で来店される男性と比べて、ホストクラブに通う女性のお客様は、ホストに本気になっている方がほとんどだそうです。
それに、女のコのほうが、一度体の関係を持つと、その彼に対して執着しやすいようです。
そのホストの方曰く、携帯電話のメールなどを盗み見られるのは、日常茶飯事だとか。
見られるのを前提で、携帯電話の中身は常にきれいにしておくのだそうです(おぉ、怖い!)。


(4)彼氏を作らない主義…の場合

「彼氏を作ってしまっては、仕事に集中できない」…そんな、仕事一筋な女のコもいます。
確かに、ボーイさんなどからの相談で「女のコに彼氏ができると、売上が下がる」という話はよく聞きます。
とはいえ、プライベートも充実していない状態で仕事一筋になると、心が病んでしまうことがあります。
通常の仕事ならまだしも、この世界は特殊な仕事なのですから。
仕事に熱心なのはいいですが、ONとOFFをほどほどに、上手に息を抜かないと、疲れちゃいますからね。


いずれにしても、せっかく恋をするのであれば、恋でキレイになって、恋で接客力を上げて、恋でモチベーションも上げて、仕事もプライベートも充実させたいものですね♪