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第十八夜 「チームレジェンド」—菊地店長の話—
「君は…君の言うように、
正しいことを言っているのだと思う。
いつもお店のことを考えてくれていて、感謝してるよ。
しかしね、物事には、順序ってものがあるんだ。
その順序を間違えると、今回君が痛い思いをしているように、
いくら相手のため、正しいことだとしても、
うまいこと、事が運ばないことも多いんだよ。
人間関係がぎくしゃくしたりとかね」
「けど!
あいつらにはきっと、何を言ってもムダですよ。
順序の問題じゃない!」
「そんなことないと思うなぁ。
君は、彼らや、彼女たちの気持ちに立って考えたことはあるか?
そもそも、水商売の世界に入ってくる人のほとんどが、
楽して金を稼げると思って入ってくるんだ。
いや別に、その考え自体は悪いことではない」
実際、菊地自身もそう思ってこの業界へ転職をしたことを思い出し、苦笑いした。
「ということは、お店のことや、自分の成長について
きちんと考えようとしている人は、元々少ないわけだよ。
俺みたいな管理側の人間とは、考えに温度差があって当たり前。
でもだからって、俺はそれをヨシとはしない。
だけど、ムリヤリ突っ走ろうとも思わない。
ある日突然、従業員がいなくなってしまったら、それこそ大惨事だからね。
そこで、君の協力が必要なんだ」
慎重に、ゆっくりと言葉を選びながら話すオーナーの目が、じっと菊地を見た。
「君に頼みたいのはただ一つ。
どのキャストでもいいから、そのコを
キミの力でナンバーワンにしてほしいんだ」
「え? そんな…
いきなり言われても…」
「ちなみに、どのキャストでもいいって言ったけど、
選択肢は『新人』さんね」
え…
新人のコを、俺の力でナンバーワンに???
そんなの、ムリだろう…
「その顔は、ムリだと思ってるね?
なら仕方がないけど。
でも、よく考えてほしい。
やる前から『そんなことできない』とあきらめてしまうような人間には、
だれもついてこないと思うよ」
挑発的なオーナーの言葉に、菊地の負けず嫌いの性格が騒いだ。
「期間はどのくらいですか?
いつまでにナンバーワンをつくればいいんですか?」
「そうだなぁ…
3ヵ月、かな」
さ、3ヵ月??
ムリと言いかけて、菊地はその言葉を飲み込んだ。
「……わかりました」
オーナーが言っていた「『あること』に協力をしてほしい」という言葉——。
その言葉とこの宿題との関連性はイマイチわからなかったが、それでも闘争心だけで走れるほど、菊地は燃えていた。
そして、3ヵ月後——。
菊地は本当にナンバーワンを作った。
そのときの女のコが、美里が入店した当初ナンバーワンだった愛さんだ。
「おぉ! 菊地!
有言実行で、かっこいいな!
愛さんも、すごいな! よかったな!
よし、菊地くん! 今夜はいつものバーで祝杯だ!」
営業終了後、菊地がバーに着くと、オーナーは先にカウンターで飲んでいた。
「おー! 菊地君、飲もう飲もう!」
菊地は、ビールをオーダーした。
「どうだ、菊地君、最近仕事は楽しいか?」
「はい、まぁ、楽しいです」
思い返せば同僚との関係性も、徐々に改善されていた。
「みんなと普通に仲良さそうじゃないか。
今回の大きな実績と、それまでの努力の姿を見ればなぁ…
そりゃあ、信頼されるよなぁ。
うん、良かった良かった。
で、突然だけど、来月から店長になってほしいんだ」
「え? 店長? 来月!?」
「今の阿久津店長は来月で辞めて、田舎へ帰るらしい。
でもね、彼が辞めるからお願いしようと思ったというよりは、
だいぶ前から彼は辞めると聞いていたから、
元々君にお願いしたかったんだよ。
だからこそ、店内の人間との関係性や信頼のために、
実績を上げてほしかったんだ」
しばらくして、菊地は店長になった。
そして今、菊地の新たな任務は美里の育成。
美里の努力とこれまでの成長過程を見てきた菊地には、確信があった。
不動のナンバーワン、そして、リーダーの育成。
今回はただの教育ではない。
「教育する人を育てる」教育なのだ。
ある日、仕事終わりに飲んでいた店で、隣に座った40代のビジネスマンが、後輩らしき人に語っていた。
「震災で業績が悪化したと嘆いてたって、
現実は何も変わらないじゃないか。
いくら不景気で業界が縮小したって、
俺らの売ってるこのサービスは、なくなるわけないんだからさ。
とにかく、その、何ていうか…
マイナスを0にするんじゃなくてさ、
マイナスから一気に頂点を目指す気持ちでさ。
みんなで一丸となって、一緒に戦ってほしいんだよ。
会社の伝説に残るような…『チーム レジェンド』みたいな、ね!」
『チームレジェンド』か。
うちの店名、クラブレジェンドと掛けてて、
まさに、目指すところはそれだな!
もうすぐ美里の出勤時間だ。
菊地はこれから始まる快進撃を想像して、ワクワクしていた。
(つづく)
- ★ Kaori's column ★
vol.19 熱意の温度差を埋める方法(女のコ編) - 「私はこんなに頑張っているのに、社長はわかってくれない!」
「スタッフの能力が低い! 尊敬できない!」
「お店が合わない!」
本当にそうでしょうか?
いや仮に百歩譲って本当にそうだとしても、それはあなたの仕事と全く関係のないことです。
たぶん私は、どんな環境やどんな人であっても、努力をして仲良くなろうとしますし、認めてもらえなくとも、売上や指名数を増やそうと変わらず頑張ります。
それは、そのほうが自分が得をするからです。
それに、何より人間関係が良いと、毎日仕事が楽しくなりますよね!
得をするというのは、どういうことでしょう。
そのほうが結果的に、お給料が増える場合が多いという意味です。
ママだって社長だってスタッフだって、気に入っているコとそうではないコがいるはずです。
仕方がないですね、人間ですから。
で、気に入っているコのためには、そのコにとって仕事がやりやすい環境・有利な取り計らいを、と思ってくれるものです。
つまり、自然とお給料にも反映します。
では、どういうコが気に入られるコなのでしょう?
それは、仲間の仕事を頑張って手伝ってくれるコです。
例えば、アフターの人数が足りなかったときには、積極的に「私が手伝います!」というコ。
アフターを仕切るコにとっては「あのコ、いいコ♪」となるわけです。
フリーのお客様でも頑張って、リピーターにつなげようとしてくれているコは、お店にとっては高い給料を払ってでも、お店に居続けてもらいたいと思う存在です。
もし、頑張りが認めてもらえない、と思っているのであれば、その頑張りは自分中心になっているのではないでしょうか?
あなたの売上が上がると、あなたのお給料は増えるかもしれませんが、お店はそんなに得をしません。
それよりは、お店の都合などを優先して考えてくれる、協調性のあるコのほうが、余程助かるのです。
「一体、社長は何を望んでいるだろう?」
「何を手伝えば、仲間によろこばれるだろう?」
「スタッフは、何を考えているのだろう?」
すべて、相手の立場に立って考えれば、わかります。
相手をサポートすることを第一優先に考えて行動をとっていると、自然と良いことがかえってくるものです。
本物のプロは、どんな環境であっても相手を尊重し、周囲との協調性を大切にできる人です
余談ですが、ときに協調性を大切にするあまりに(笑)、スタッフと深い仲になってしまうことがあります。
それを、オミズの世界では「風紀(≠色恋管理)」といいます。
男性スタッフとキャストが恋愛関係になることを「風紀」、一方、「色恋管理」は意図的に女のコに恋愛をしかけて(惚れさせて)、お店にとって都合の良いように操ることを言います。
「君が売上を上げてくれると、僕がうれしい」とささやくわけです。
「風紀」が一般的にはNGで、「色恋管理」はマネジメントと言い張る業界人も中にはいますが、「惚れた男性に尽くしたい」というけなげな女心を悪用されているようで、私はそんなものをマネジメントとは認めませんけれど…。
さて、ではなぜ風紀はNGなのでしょうか。
それは、お客様にバレてしまったら、とても感じの悪いことだからです。
お客様だって「彼氏くらいはいるだろうな」と思ってはいても、具体的なライバルが見えると、嫌なものです。
しかも、それがお客様にへりくだるはずのボーイさんだなんて。
女のコだって、好きな人の目の前で、お客様に色っぽい接客はしにくいでしょうし、見ている男性側も嫉妬してしまい、後でもめることもあるでしょう。
そのボーイさんの仕事終わりに一緒に帰りたいから、飲みに行きたいから、という理由で、アフターに行かなくなる、積極的に仕事をしなくなる、というコもいました。
私は、お付き合いしていて結婚したカップルを2組知っています。
子供も生まれ、うまくいっているようなので、風紀が一概にいけないこととは私は思いません。
ボーダーラインは本人次第。
仕事に支障をきたすようでは、プロとはいえないでしょう。
一方、色恋管理に関しては……そんなことしなくても、女のコがちゃんとやる気の出る方法はいくらでもありますから!
以前仲の良かったホステス友達も、地元のキャバクラで働いているときにボーイさんと付き合っていたのだけど、「でもその人、みんなと付き合ってたんだよね!」って、ケロッとした顔で言われたときは衝撃でした(笑)。
あぁ、普通にあるんだぁ、そういうこと……。
さらにすごい話。
キャストが自分の売上のために、他店のスタッフと付き合い、お客様を流してもらう、などという荒業(あらわざ)を行っている女のコもいるようです(^_^;)