ハッピーレボリューション

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第十六夜 「お金の幻想」

「美里ぉ、おはよう!」

更衣室のドアを開けると、いつもギリギリで出勤するサツキが、珍しく美里より先に着替えていた。

「どうしたの?
 サツキ、今日はやけに早いじゃん。
 これから同伴?」

「ううん。
 今日ね、プランタンのセールだったんだ!
 超かわいいのいっぱいあって、いっぱい買っちゃった♪
 明日も行こうかな!」

はしゃぎながら話すサツキの指さすほうには、大きな紙袋があった。

「またぁ?
 ほんと、金づかいあらいよね。
 で、今日はぶっちゃけ、いくらつかったわけ?」

「え…それ聞いちゃうの?
 20万。やっちゃった!
 きゃはっ!」

「はぁ???
 きゃは、じゃないし!
 もー、相変わらずだなぁ。大丈夫?」

「だってぇ、私元々お洋服大好きだし…。
 それにお客様だって、私たちって銀座の女なんだから、
 キレイな服を着ているコのほうが、嬉しいでしょ!
 美里も、明日一緒に行こうよぉ。
 いいのあるよー!
 50パーオフとかだよ!?
 やばくない!?

まぁ、気持ちはわかるけど…ね。
私だって、サツキに負けないくらい、
高校生の頃から洋服が大好きだけど…。


かわいい服を買ったときには、テンションが上がる。
美里もOL専業の頃は、給料の2割近くを洋服代につかっていた。
家のクローゼットは、無理矢理押しこんだ洋服でドアが完全に閉まらない。

ドレスは仕事上、必要だとは思うけど。
でもだからといって、
それでお客様が増えるわけじゃないし…。


新人の頃に、名刺にお金をかけてみたけれど、結局は自己満足で終わり、お客様にとってはあまり意味がなかったことと同じなのだろう。
とはいえ、サツキの気持ちは美里にもよくわかる。

オミズは、OLの頃のひと月分の給料が、数日間で稼げる。
お客様からタクシー代として、ポンと一万円札が渡される。
同伴で連れて行ってもらうお店は、どこも高そうな一流店ばかりで、店員さんからも丁寧な扱いを受ける。

まるで、自分の地位や、能力や、価値が上がったかのような、そして、お金が永遠に続くものだと思ってしまうような、そんな錯覚——。

女のコたちは、誰もが勘違いをしてしまう。

欲しいものを買いすぎて、お金が足りなくなったら「来月頑張ればいいや」なんて、平気で思うようになる。
実際、美里もそう思っていた。

「自己投資」
「お客様のため」
「仕事のため」

これで売上げが増えれば元がとれる…なんて、もっともらしい言いわけの言葉が飛び交うこの世界では、流れに身を任せてしまうのが一番簡単なのだ。

「いつか貯金すればいい」
「そのうち、ポンとお小遣いをくれる、素敵な男性が現れるはず」
「まだ20代だから、何とかなるし」

いろいろな幻想が渦を巻く。
目の前の欲に、夢が負けていく現実。


営業時間までは、まだ1時間近くある。
美里は買ってきた珈琲を片手に待機席に座り、刹那的な欲望に流されそうになっていた、かつての自分を振り払うかのように、カバンから取り出した「夢ノート」を開いた。

その後いろいろと調べた結果、カフェ開業には最低600万は必要らしいことがわかった。

今ある貯金は100万円。
あと500万か……。


美里はノートに、まず「600万」と書き、その下に、「500万(2012年12月末まで!)」と書いた。

あと一年半か……。

オミズの仕事を続ける残り日数で計算してみると、1ヵ月で28万円の貯金が必要ということになる。

1ヵ月28万かぁ。
デカいなぁ……


一年半以上もこの仕事をやってきたのに、いまだ100万円しか貯まっていない現実——。

夢のためには、
もっと本気で貯金しなくちゃだめだ!


そんなことを考えながらノートをにらんでいると、携帯のバイブが鳴った。

「……もしもし?」

(つづく)


★ Kaori's column ★

vol.17 お金の使い道
高級店のママクラスから、ナンバーワンキャバ嬢まで……ホステスさんたちの月収って、どのくらいだと思いますか?
答えは、ご想像通り『ピンキリ』です。

キリの方では、月収4万円というコ(@銀座クラブ)の給与明細を見たことがあります。
しかもそのコ、ほぼ毎日出勤していたにもかかわらずその額です。
理由は先日のコラムでもお伝えした通り、罰金やノルマなど、銀座特有の厳しい制度がそういう金額をはじき出したのだと思います。
正直お店側としても、辞めてほしいようなコには、なんだかんだと理由をつけてお給料を減額する、ということもありえます。
昼の業界では「不当だ」とかなんとか、文句を言うことも可能かもしれませんが、夜の業界ではあまり通用しません。

一方、ナンバー1の女のコで、私が聞いた中での最高は月収2800万円です。
まぁこれは、バブル期の話でしょうけれど…。
今の都心部の一般的なナンバー1は、月収200~300万円くらいではないでしょうか?
しかし、いくら稼いでも、都心部で水商売の営業活動をするには、諸々の経費がかさむもの。
なので、このくらい稼いでいても、50万円くらいは経費になってしまいます。一方、都心から少し外れると、お給料は低くなっても、経費はほとんどかからないのです。

では「稼いだお金の使い道は?」と聞かれたら…しっかりと貯金をする習慣があるコは、非常にまれだと思います。
最初は、思うんです、「頑張ってお金貯めるぞ」って。
でも、その気持ちが揺らいでしまうのは、事業経費と個人的な買い物との差がつきにくくなっているところからくるのだと思います。

よくある金銭感覚麻痺の兆候としては、
 ●やたらタクシーで移動する
 ●洋服代が(2倍以上に)増える
 ●エステや美容クリニック関連に通い出す
 ●家賃が2倍以上のところに引っ越す
 ●外食代(飲み代)が増える
 ●新たに時計やジュエリーを買う
などなど、わかりやすく、派手にお金をつかうようになります。

ほかにも、専門学校のようなところに通い出すコも多いですが、その場合、学校に通うことだけで満足してしまう人も多いようです。
もちろん、素晴らしいことだとは思います。
しかし、せっかく通っているのであれば、それを活かす仕事を、具体的に考える必要があります。

本気でお金を貯めるには
 ●具体的な金額を決める(何にいくら必要か)
 ●具体的な期日を決める(いつまでそれが必要か)
 ●一ヵ月当たりに貯めなければいけない具体的な金額を決める
 ●何をどうやればいくら貯まるのか、具体的に試算する
 ●節約する(今まで使っていたお金の項目と金額を書き出してみて、削れるところを考える)
 ●収入を増やす(目標売上げや指名数を決める。営業方法の見直し、活動量を増やす)
これを確実に実行する決意を固めることが大事です。

だって、よーく考えてみてください。
リアルな話をすると、「30代後半で貯金ゼロ・未婚・水商売歴10年」というような方は、今後の人生、身動きがとれなくなります。
お仕事の選択肢が、とても少なくなってしまうのです。

私もこの不景気で、廃業されたお姉さま方をたくさん見ています。
オミズの業界で、かつてどんなに売れっコだったとしても、社会人経験が少なく、かつ、ブランクもある女性は、いくら本当は優秀な方であっても、正社員として雇ってくれる企業は、まずないでしょう。
「まだまだ先の話だから」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。
でも、そういう方が危ないのです。
目先のお金に流されることなく、賢くお金を使い、ガッチリお金を貯めていきましょうね♪