ハッピーレボリューション

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第十四夜 「復興のネオン」

平日の夜だというのに、並木通りに人影はない。
あの日から一週間、銀座のほとんどのお店は休業になった。

美里の家の中もぐちゃぐちゃだ。
高層階というほどでもないのに、本棚は倒れ、グラスは割れて床に散乱し、あまりのショックに、3日が経った今も、片付けもできないでいた。

幸い、美里の実家のある新潟は、ほとんど被害はなかったらしい。


一週間がたち、お店が営業を再開した。

開店前の臨時ミーティングでのオーナーの言葉には、いつも以上に力が込められていた。

「皆さん、感傷に浸っている場合ではないのです!
 言っておきますが、いや、わかっているとは思いますが、
 今日から厳しい時期が始まります。
 今こそ、お店全体で、いや、街全体で、力を併せて
 この未曾有の危機を乗り越えようではありませんか!

 被災地では、多くの方が犠牲になり、
 皆さんのご家族でも、被害に遭われた方もいらっしゃるかもしれない。
 一方、皆さんはこうして元気に生きている。
 この意味がわかりますか?
 
 今はきっと誰もが、多かれ少なかれ、
 『何かしたい、自分に何ができるだろう』と
 問いかけているだろうと思います。
 ボランティアや、募金のようなことで貢献することも、否定はしません。
 
 とはいえ、それはあくまで一時的なものであり、
 この復興は3年~5年、いや20年続くとまでいわれています。
 だからこそ、我々には、もっともっと重要な使命があるのです。

 皆さんが、日本の中枢であるこの銀座で
 目の前の自分の仕事を頑張ることこそが、
 日本経済復興の鍵になると、私は考えています。
 
 きっとこの震災で、お客様の中にも、
 自社の工場や支店が、大きな被害に遭われたり
 親戚などが被災されている方も、少なくないと思います。
 そういった方々に、心からの誠意で
 思いやりの言葉をかけてあげることこそ、
 我々のできる、最大の使命であり、任務であると考えます。

 ですから、感傷に浸っている場合ではありません!
 本当に何かしたいと思うのであれば、
 ぜひ、強い思いやりに裏打ちされた実行力で、
 今すぐ行動してください」


それから、お店の体制も少し変わった。


これまで「女のコごとにスタッフがつく」という担当制のようなシステムはあったものの、その担当スタッフとの関係は…といえば、「悩み事があれば相談する人」程度だった。

美里の担当は菊地店長。
震災後、美里は店長に、お客様に送っている「お礼メール」「営業メール」と電話の発信履歴を、毎日見せることになった。

店長がチェックしているのは、宛先とメールの内容で、もちろん美里だけではなく、すべての女のコが、それぞれの担当スタッフと二人三脚を組むことになった。

営業量が少ないって
指摘されたらイヤだな…
それに、メールの内容を見られるのも、
なんだか恥ずかしいな…



「ねぇ、ねぇ。
 そういえば、なんで最近メールチェックするようになったの?
 オーナーに、なんかハッパでもかけられた?
 スタッフのみんなも、いろいろ大変だね」

ある日の営業終了後、送りの車を待つ間、菊地店長に聞いてみた。

「いや、そういうわけじゃないよ」

その日出たボトルの整理をしていた手を止めて、店長は美里を見た。

「メールチェックの目的はね、
 女のコが満足する成果を出してもらうために、
 お手伝いしたいと僕が思ってさ。
 
 美里ちゃんが不調だと感じるのは、
 美里ちゃんが悪いわけじゃなくて、
 営業内容を改善すればいいだけだったりするんだよね。

 営業の量、つまり、メールや電話の量や宛先を
 できるだけ正確に把握すること。
 営業の内容、つまり、メールの内容ややり取りなんかを把握して、
 成果につなげるアドバイスができたらいいなって
 自分なりに一生懸命考えたんだ。

 だって、みんなそれぞれ頑張っているのはわかるし、
 でも結果に差が出るのは、
 頑張っている方向性が違う可能性もあるでしょ?

 いくらメールの量を増やしても、
 いかにも定型文みたいな、
 営業メールばかり送りまくって逆効果になっていたら、
 本当にもったいないし、そのコもやる気をなくしちゃうと思うんだ。
 逆に、いくらメールの質が良くて一人一人に長文を送っていたとしても、
 量が少なすぎては、成果につながらない。

 自分だけで頑張ろうとしていると、意外と、
 そういう落とし穴にはまりやすいものなんだ。
 
 美里ちゃんなら、わかってくれると思うけど、
 オミズで成功するコは、
 絶世の美女でも、接客の天才でもない。
 売れっコたちの条件は、いつだって営業の量と質。

 逆に言えば、それさえちゃんと理解して実行できれば、
 ちゃんと売上もついてくるってこと。
 お店の裏方として、それくらいはサポートしてあげたいからさ」


本来まじめな性格の美里は、店長の言葉で、肩の荷がすこし軽くなった。

オミズ業界の人って、
何となく表面上の付き合いばっかりだと思ってたけど…
こんなふうに、考えてくれる店長さんや、
熱く語るオーナーさんがいるんだなぁ
なんだか、うれしいな…


もともと、信頼をしていた店長に対して、美里は今、さらに感謝の気持ちが湧いてきた。
と同時に、この店を、美里はとても誇らしく思えた。

おおげさかもしれないけど
私が今の仕事を
今まで以上に頑張ることで、
この震災の復興に役立てる気がする…!



この「人のために何かをしたい」という純粋な想いを、何年たっても忘れることがないよう、3年後、5年後、20年後のことまで考え、美里はノートに書きだした。


入店したての頃、何気なくお客様に聞かれた質問がよみがえる。

「美里ちゃんの夢はなに?」

20年後の自分まで書きだしたこのノートは、
私のやりたいこと、やるべきこと、
「夢」を実現させるための道しるべなんだ。
そして、その土台はいつだって、
今この瞬間にある!



美里は新たな一歩を踏み出した。

(つづく)


★ Kaori's column ★

vol.15 オミズの繁忙期
一般的には、いわゆる「にっぱち」(2月と8月)が、この業界でも売上げが落ちるといわれています。
しかし、これは必ずしもそうとも言い切れないようです。
それよりも、水商売の繁忙期は、イベントなどに大きく起因することが多いのです。

例えば、

1月は新年会
2月はバレンタインデー
3月は(移動などによる)送別会
4月は(移動などによる)歓迎会
7月はお中元
12月はお歳暮・忘年会(+クリスマス)

お店のあるエリア(ビジネスマンがメインターゲット層)によっても変わってきますが、だいたいこんな感じです。

年間を通しての「稼ぎ時ランキング」として考えると、やはり12月。
仕事関係の忘年会の後の二次会で…という流れが一番多いようです。
またこの時期は、お歳暮を贈ればそのお礼がてら、お店にお越しくださる方も多くなります。
一方新年会は、忘年会に比べると、若干控え目な飲みになる傾向が多いです。

次は、3月。
部署移動などによる送別会の後、流れでいらっしゃる方が多くなります。
逆に、迎え入れる側の歓迎会は、感情移入度が送別会の対象者ほどはないので、二次会まで行く、という感じは少ないです。

このほかにも、効果的なのは「プレゼント攻撃」。
バレンタインデー、お中元、お歳暮の時期に贈り物をすると、お礼がてらご来店くださるお客様は多いので、何か機会をつくってでも、お客様へ贈り物をすることをお勧めします!
バースデープレゼントなどは当然のことですが、例えば、どこかへ行った時のお土産なども同様です。
ビジネスマンという性質は、ギブ&テイクが染みついているので、自然と「あぁ、近々(機会が有り次第)お礼しなくちゃ」と思っていただけることが多いのです。

余談ですが、ビジネスマンの性質の一つに、「一度約束したら(相手が誰であろうと)できる限り守ろうとする」という性質があります。
これを利用して、お食事(同伴)の約束は、仮であっても、なるべく詳細まで決めてしまうことをオススメします。
なぜなら、仮約束なら日程変更などの思考になりますが、「いつかね」とか、「そのうちね」などの社交辞令的な約束ですと、ほんとうに「いつか」で終わってしまうからです。

こういったイベントに則した営業活動と、その月の売上成果は、密接な関わり合いがあるという証明でもあります。
ただ単に「繁忙期だから」と、何も努力をしなければ、お店の売上は上がっても、自分の個人成績はそんなに変わらないという、悲しい状況もありえます。

季節ごとのイベントをしっかり見極めて、営業活動につなげてくださいね♪