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第十三夜 「特別な店、特別な一人」
100年に一度の不景気。
景気が悪いのだから、仕方がない——そう言ってしまえば、納得できた。
わたしだけじゃない
わたしは悪くない
景気が悪いのがいけないんだ!!
たぶん、この銀座の誰もがそう思っているはず…と、美里は思った。
今月は、もうダメだ…
美里は最近、お昼過ぎまで寝ていることが多くなった。
お客様が少ない=アフターも少なくなったので、友だちに誘われて夜遊びもするようになっていた。
ホステスは、自分磨きも重要、重要!
それに、今まで超頑張ったんだし!
そう自分に言い聞かせながら、洋服や化粧品もたくさん買った。
お店の女のコたちと、「お店、やばいよね~」なんて、他人事みたいに笑っていた。
そうして、一ヵ月はあっという間に過ぎていった。
お給料日。
ノルマ未達成分の罰金も引かれ、美里のお給料は前月の約半分になっていた。
……なんじゃこりゃ
給与明細を見て、ぞっとした。
成績からすると当然の結果だったが、OLの頃と比べて、美容室のセット代や、ドレス代、お客様のプレゼント代などを差し引くと、さして変わらない。
そればかりか、遊びの出費も増え、今月は大赤字だろうということくらい、お金に無頓着な美里にでもわかった。
「美里ちゃん、先月はどうしたの?
美里ちゃんらしくないじゃん」
給与明細に見入っていた美里に、菊地店長が声をかけてきた。
「え? あ…。
いや不景気だし、しょうがないじゃないですか」
「そりゃそうだけど。
でも、美里ちゃん、やるべきこともやっていない気がする。
それに不景気でも、さわちゃんみたいに、
ぐんぐん成績が伸びてるコもいるし。
他店でも、店によってはかなり繁盛してるとこもあるらしいよ」
「さわちゃんは、VIPがついたからでしょ。
そんなのさわちゃんが、たまたま恵まれてるだけですよ。
たまたま…」
「そうかなぁ……」
反撃しながらも、美里は自分の発言に得体の知れない違和感を感じていた。
菊地は遠慮しながら、つぶやくようにぼそぼそと言った。
「お客様は今まで、何軒もはしごしていたところを、
一軒に絞っているだけだと思うよ。
だからその『特別な一軒』、いや、
『特別な一人』になれるかどうかってことだと、
オーナーが言ってたよ」
確かに、それはいえてる…
こんな結果になってしまったのは、お客様のリアクションが悪くなったせいだと、お客様のお財布が堅くなったからだと、美里は思っていた。
実際、そうだったのかもしれない。
以前より、お客様の反応が悪くなったことは事実だ。
とはいえ、繁盛しているお店があることも、お客様から聞いて知っていた。
何より、いくら不景気のせいとごまかしたところで、成績が上がるわけでも、お給料が増えるわけでもない。
このままでは現実問題、生活さえ危うくなってしまう。
美里は一ヵ月の自分を振り返ってみた。
今までまわりの空気でごまかしてきたけれど、今までと比べると、メールや電話、お食事などのお付き合いという営業量も、明らかに少なくなっていた。
特別な一店舗…
特別な一人って…何だろう?
次の日、美里は早めにヘアセットを終えると、近くのスタバでカフェモカを飲みながら、真っ白な手帖と向き合っていた。
この真っ白な手帖を、お客様との予定で埋めるには、
わたしは一体、どうしたらいいんだろう?
特別になるには、最低限の営業、つまりアプローチの量は保たなければいけない。
これまでも、全く反応のないお客様でさえ、2週間に1度はメールをしていた。
返信はあるけれど、来店につながっていらっしゃらない方には週に1度のメール、定期的に来店してくださる方には、2日に1度メールをしていた。
う~ん…
これ以上メールの頻度を高めると、
しつこくなって逆効果だよね…
どうしたらいいのかな…
そのとき、先日、2週間ぶりに来てくださった吉田さんとの会話を思い出した。
「ねぇねぇ、美里ちゃん、聞いて!
○○(銀座では有名なクラブ)のコの話なんだけど。
数えるくらいしかあの店には行ったことがないんだけど、
この前僕、長期の海外出張に行ってたじゃん?
その帰りの空港に、そのコが来ちゃったんだよ!
『お迎えに行きたい』っていうメールがあったから、
またどうせ営業メールで、本当に来るわけないだろうと思って、
からかい半分でフライトの予定を返信したんだ。
そしたら、ほんとに来たんだよ、そのコ!
いやぁ、営業マンとして、ちょっと尊敬したなぁ。
だって成田だよ? 成田!」
えー
普通、そこまでする…?
その時の美里は、批判的な気持ちで吉田さんの話を聞いていた。
でも、あれから吉田さんは
うちの店にあんまり来なくなった気がする…
もしかして、そのコのお店に行ってるのかな?
営業は量だけじゃなく、質も大切——。
質は、接客中の気づかいだと思っていた美里の考え方に、変化が起きた。
ほかのコと同じようなことをしていても、
ダメなのかも…
美里は手帖のメモ欄に『お客様によろこばれることリスト30』と書き、とにかく30個、お客様に「できること・したいこと・よろこばれること」を個条書きしてみた。
1・空港へお迎え(パクリだけど、いいや!)
2・手書きのお手紙
3・お誕生日のお祝いメール(常識だけど……)
4・どこかに行ったらおみやげを買ってくる
5・お客様の趣味のことを勉強してみる
6・一度くらいお食事をご馳走する(高いところは無理だけど…)
7・お客様の会社をホームページで調べてみる
……あれ?
意外と思い浮かばないや
それにしても、
まわりがみんな不景気なのに、自分だけは好調って……
気持ちいいんだろうなー
その日の営業から美里は、『お客様がよろこぶこと…』を考えながら接客することにした。
すると、自然とお客様との会話から、ヒントが見えてくるようになった。
お礼のメールも、ちょっと変えてみた。
今までは、とりあえず次の日までにメールをすればいいと思っていた美里だったが、会話の内容を思い出しながら、具体的な内容のお礼メールを、次の日の午前中には送るようにした。
2週間もすると、美里の手帖はまたお客様との予定で埋まるようになっていた。
菊地店長の言っていた通りだ
不景気だからこそ、いつも以上に頑張らなくちゃ!
「手帖が埋まると、仕事も楽しくなる」——これはオミズの鉄則だ。
いつの間にか美里は、以前の前向きな美里に戻っていた。
あの、夢ではないかと思ってしまうような『3月の悲劇』が訪れるまでは……。
(つづく)
- ★ Kaori's column ★
vol.14 雑費あれこれ - オミズのお給料は、普通のバイトに比べて入るお金も多いかわりに、出て行くお金も多いもの。また、出費が多いことに慣れてしまうことで、金銭感覚が狂いやすくなります。
「あんなに稼いでいたはずなのに…」オミズを卒業した時には貯金は0というコも少なくありません。
とはいえ、逆にケチ過ぎるコもどうかと思います。
例えば、お客様に「タバコを買ってきて」と頼まれて、平気で「440円でした!」などとタバコ代をもらおうとしてしまうコがたまにいます。
また、アフターに行ってタクシー代をもらえなかった時に、「タクシー代、もらってもいいですか?」なんて言ってしまうコ。せっかく頑張ってアフターまで付き合ったのに、一気に興ざめ、そのコは二度とお席に呼ばれないでしょう。
私の場合、月平均でいうと
○美容代(ヘアセットなど)で20万円
○衣装代7万円(結構節約しているほうです)
○プレゼント代10万円(バレンタイン月の例。実は意外に送料がかかる!)
○お手紙などの切手代 4万円
交通費は、お客様からいただけることが多かったので、ほとんどかかりませんでした。
という感じでした。
ちなみに金銭感覚は狂ってるほうではなく、本来堅実なタイプです。
でも、新人の頃はこんなに経費をかける必要もないですし、ここまでかからないと思いますので、ご安心くださいね!
【衣装代】
●ドレス
○購入する場合……ドレス一着平均2~4万円。お店によっては月に1度「新調日」という日があり、必ず新しいものを購入しなくてはいけない場合も。また、同じお客様の前で同じドレスを着ないことを考えると、最低20着は必要。
○レンタルの場合……一着2000~3000円。夕方に借りて、次の日の営業前までに返却するのが一般的。
●和服
○購入する場合……まさにピンキリ。中古などで少し安く購入することもできるが、合わせる小物なども入れると、かなりの出費に。
○着付け……2000円くらいが一般的。帯の結び方などで、多少価格が上がることも。
○レンタル……正絹の着物をフルレンタルすると最低でも一着15000~30000円(最近はポリエステルの着物もある)
●そのほか
○イベント時の衣装……例えばハロウィンの仮装や、クリスマスイベントなどで買う衣装(高価なものではない)を自前で準備することも。
【ヘアセット】
○銀座の場合……1800~3500円。早い時間の割引もアリ。ドレスor和服のセットでは値段が違ったりもする(和服のほうが時間がかかり、高い)。お店で美容師さんを呼んで、順番にセットするお店も。
【お客様へのプレゼント代】
○お誕生日、バレンタイン、クリスマス、お中元、お歳暮、昇進祝い、自分がどこかへ行った際のおみやげなど、さまざまなシチュエーションでプレゼントをすることがある。
私が勤務していたお店のママは、お店に直接ネクタイ屋さんを呼んで、「どれでも好きなものを選んでください」とお客様にその場で選んでもらい贈っていた。お客様は好みのものを選べるし、ママは急な対応ができるので、一石二鳥♪
【交通費】
○帰りに送りの車があるお店もあるが、銀座の場合は各自タクシーが多い(3000円圏内が一般的)。電車の時間に帰れるときは電車で帰ることも(なので最終電車は、メイクバッチリ髪形盛り盛りの女性が多い・笑)。
タクシーで帰ることを想定すると、あまり遠い地域だと通勤が現実的ではないため(すぐに辞めてしまうと思われる)採用されないことが多い。
ただし、お店の都合での残業の場合のタクシー代はお店から、お客様とのアフターでのタクシー代はお客様からいただけるので、逆にちょっとしたお小遣いになる場合も。
【携帯代】
私は電話ではなくメール派だったので、携帯代は普通(プライベート兼用で2万円程度)でした。
【お手紙】
かつてはいわゆるダイレクトメールのような封書を、お客様の会社に(毎月300名×90円=27000円)送っていましたが、不景気の今はダイレクトメールはNG(「お前、会社がこんな大変な時に、こんなところ行っているのかよ。しかも、経費じゃないだろうな」という視線があるため)。今は手書きのお手紙も、お仕事の封書に交じってもおかしくないようなそっけないもので。
【名刺】
凝らなければそんなに高くない。意外とかからない費用。
【罰金など】
お店にもよりますが、ノルマ(同伴や売上、指名数など)ごとに罰金が設定されていることも。また、遅刻による罰金などはかなり引かれるので注意。ルーズなコで、罰金が重なって引かれた結果、お給料が4万円、なんてコがいました…。
ざっと、こんな感じです。
だいたい、一日の出勤でかかる費用は、ヘアメイク代の3000円+(電車で帰れば)往復の電車賃。
一ヵ月でかかる経費は約10~15万円くらい。
ただし、バレンタインやお中元・お歳暮の時期などは、プレゼント代がかさみます!
個人事業主という雇用形態の場合、確定申告をするとかなり(!)還付される(税金が戻ってくる)可能性が高く、ホステスの場合、化粧品代や衣装代、ネイルサロンにタクシー代、もちろんプレゼント代なども経費になります。
なので、かかった費用の領収書やレシートなどは、こまめに集めておくことをおすすめします!