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第十二夜 「リーマンショックの衝撃」
夏の終わり頃。
お昼過ぎに目が覚めた美里は、ややお酒が残った重い頭で、テレビで流れている映像をぼんやりと見ていた。
アメリカ大手証券会社の経営破綻、いわゆるリーマン・ショックの日。
携帯電話のニュースサイトからも、速報が入ってくる。
営業前に携帯を開いた時、美里の目にも入った。
でも、意味はわからなかった。
リーマンブラザーズ?
良くわからないけど、アメリカは大変そうだな…
次の日。
テレビの画面に映された、段ボール箱を抱えたエリートサラリーマンだった社員たちが、次々と会社を出ていく姿が印象的だった。
まさか、この遠いアメリカの出来事が、銀座の、そして、美里の運命を変えてしまうほどの、深く大きな傷をつくるのだとは、その時には予想できなかった。
リーマンショック後、すぐに、ウォータータワーの水が止まったことに気がついた。
ウォータータワーはその名の通り、最上階から一番下まで、壁づたいに水が流れ落ちてくるデザインが象徴的なビル。
銀座でも、ポルシェビルと並んで1、2を争うほどの有名なビルだ。
でも、ポルシェが飾ってなければポルシェビルではないように、水が止まってはウォータータワーではない。
しかし、そんなことが気にならないくらい、お店はいつも通り繁盛していた。
先日の一件でさわちゃんとも逆に仲良くなり、美里はお店に行くのがますます楽しみになっていた。
毎月上がり続ける給与明細に、美里は有頂天になっていた。
今思えば、経済のかげりは見えていたにもかかわらず、自分には関係のないという、根拠のない自信が、美里の羅針盤を狂わせていた。
一方で、みるみる売上が下がってくるお姉さま方がいた。
共通点は、毎回シャンパンなどを入れてくれるような、お客様を派手に飲ませるタイプのお姉さま方だ。
待機席で口々に、「お客様の反応が変わった」と言っていた。
ほどなくして、美里がこの景気の動向に、他人事ではないと感じる日がやってきた。
相変わらず大好きだった小林さんの会社が倒産したことを、ニュースの報道で知ったのだ。
だから最近、
ぜんぜんメールの返事をくれなかったのかな…
それから一週間後、久しぶりに突然お店にやってきた小林さんに、美里は何と話しかけていいかわからなかった。
「小林さんの会社、ニュースで見ました」
「そうなんだよ。実はかなり深刻でさ。
こうやって飲んでいる場合じゃないんだよ。
言いにくいんだけどさ、もうお店には来られないかもしれない。
今日は、それを言いに来たんだ」
「え……?」
「だから、せめて最後に好きなもの、飲みなよ」
「え…いいえ…。
私は、このウイスキー好きなので…一緒にいただきます」
美里にできる、精一杯の思いやりだった。
月初の全体ミーティングで、お店の売上が3分の2になっていることを、オーナーが興奮しながら何度も繰り返していた。
確かに、これまでの実績を見ても、そこまで急激に売上の変動があった月は珍しいし、大きく変動があったシルシは、女性たちの順位にも表れていた。
美里は、今回3位になっていた。
でも、順位が上がった嬉しさよりも、小林さんの言葉が象徴するように、美里を指名してくださっていたお客様のお顔を、今月は見られないのではないかという、悪い予感が頭をよぎる。
ミーティングが終わり、途中参加で入口付近に座っていた同期のサツキちゃんが駆け寄ってきた。
「ねぇ、ねぇ、美里、すごいじゃーん!
3位でしょ、3位!」
「うん……。でも、たぶん、今月ヤバイ」
「なんで?」
「小林さん、もう来てくれないって言ってたし、
他のお客様も、連絡が少なくなってる気がする」
「え? なんで? 小林さんと喧嘩でもしたの?」
「そういうわけじゃないんだけど、会社がヤバイんだって」
ミーティングでオーナーが言っていた通り、お客様との会話に、暗い話題が増え、話しづらい状況が多くなった。
普通は、明るい話題だけに徹するものだが、ネオンを覆う黒い影は、それさえさせてくれないほど、次第に、大きな存在になっていった。
お客様との食事の予定や、予約で埋まっていた美里の手帖は、気がつけば来週の1件の同伴とランチの約束以外、空白になっていった。
悪い予感は的中した——。
(つづく)
- ★ Kaori's column ★
vol.13 お店で飲むお酒のアレコレ - 「銀座のクラブは座って5万!」
よく聞く話です。
しかし、この金額の表現ではまだまだ半分!
ここにボトル代が上乗せされます。
ボトル代は(もちろんお店によって違いますが)、大体原価の5・5掛~が銀座のクラブの平均値。
例えば、山崎10年で3万7800円(スーパーでは3980円? だとすると、約10倍!)、山崎12年で5万2500円(酒屋さんで7000円くらいだとすると、約7倍でちょっと割安)、ヘネシーVSOPが6万8600円(原価約1万だとすると、7倍弱)、吉四六ですと2万2400円(スーパーでは2千円もしませんから、約11倍)。
このように、高いお酒になればなるほど、ちょっと割安になります。
それにしても、銀座は高い!
そのかわり、ホステスたちはお客様と同じボトルを飲むのが常識です。
もし、違うものを頼むとしたら、シャンパンかワインです。
シャンパンは最低価格で、モエシャンドン3万7800円、有名なドンぺリは8万くらいです。
一方キャバクラは、女のコがカクテルなどを一杯づつ注文する場合が多く、その分が加算されます。
そのため、一見クラブよりも安いように見えるキャバクラでも、最終的には同じくらいの金額になるというわけです。
また、スナックなどは女性が一対一で接客をしないぶん、料金は安くなっているのが一般的で、かつ、ボトルの種類もクラブより限られています。
女のコの中には、お酒が飲めないコもいます。
無理に飲ませようとするお客様は少ないとは思いますが、それでもお客様自身が酔っている目の前でお水を飲まれたのでは、イマイチ盛り上がりにかけます。
そんなときは、お酒は飲めなくても薄めに作り、ちょこちょこと口はつける。
「お酒、飲まないね」とお客様に言われたら、「あまり強くないので」と正直に言ってしまう。
「あまり強くないから、酔ったら何するか、わかりませんよ!? ○○さん、責任とっていただけます?」なんて、少し色っぽい冗談を言っていれば、実際、ほとんど飲まずともお客様は上機嫌なハズ。
ボトルの種類には他にも、業界用語で「チャンボ」(=チャンスボトル)というものがあります。
響きは悪いですが(笑)、いわゆる「あと少しでなくなりそうなボトル」のことです。
これを、新人のヘルプさんは空けようとしないことが多いんです。
その理由を聞くと、
(1)「気がつかなかった」……(えぇぇ!?)
(2)「お客様に悪いと思って」……(実は、お客様にとってもこれはよけいなお世話なのです)
(1)の「気がつかなかった」コには、「気にしておいてね!」とだけ伝えるとして、(2)が意外と多いのです。
その気持ちはわからなくもないのですが……。
そのときのお客様の心境は、だいたいこんな感じです。
「このコ(指名のコ)の成績に、僕は貢献できているのかなぁ…」
「ボトルがちょうどなくなりそうな頃だから、もう帰ろう」(≒もうこのお店には当分来なくてもいいや)
「今回はボトルがもつと思っていたけど、なくなりそうだな。予定外だけど、ま、いっか」
「あ、そう。なくなったの。じゃ、入れれば?」(気がつかない)
かといって、無理して濃いお酒を作ったりしては、お客様は必ず気分が悪くなります。
もし指名のあなたが同じボトルをいただくシチュエーションの時で、かつ「チャンボ」の時は、時間を気にしながら、最初に少し濃い目のお酒を作り(それは頑張って飲む)、本当にあと少しになったら、申し訳なさそうに薄めのお酒を作り、お客様ご自身に「新しいの入れていいよ」と言わせる。
これがスムーズな流れです。
ヘルプの場合は、嫌われ役覚悟で、最後まで「えいっ!」と空けてしまうのもアリだと思います。
無理してお酒を飲むのではなく、「ここぞ」という時を見極めて、お酒を飲むことをお勧めします。
ちなみに、私は元々お酒が半端なく強い上に、トイレで吐きながら飲んでいたので(ホストクラブのドキュメンタリー状態)ナンボでも飲めました(笑)。
失態も皆無です。
私より強い女性やお客様は見たことがないです。
最後に言わずとも…ですが、ハウスボトルはいくら飲んでもお店にとっても自分にとっても何の得にもなりませんので(むしろ、損害です)、勧められても、曖昧な笑顔で「ありがとうございます」と言いながら、お水を飲んでくださいね!
(曖昧な笑顔の裏には、「あなた、ボトルも入れないで何言ってるのよ」という暗黙のメッセージが・笑)
さぁ、年末です!
みなさん、頑張って稼いでくださいね♪