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第十一夜 「お店はわかってくれない?」
その夜美里は、布団に入っても眠れなかった。
私は、頑張ってる。
営業時間外だって、店外営業を頑張ってる。
なのに、菊地店長は全然わかってくれない!
佐藤さんも、佐藤さんよ。
一体なんなの!?
さんざん人のこと振り回しておいて…!!
今日のことを思い返すと、自然と涙があふれてくる。
さわちゃんは、ただメールをしただけじゃないの!
私の客を取る権利なんて、ないわ!
くやしさが怒りに変わり、美里はその怒りの矛先を、メールでオーナーにぶつけることにした。
『オーナーに聞いてほしいことがあります。
昨夜、私のお客様の佐藤さんが、さわちゃんに取られてしまい、
納得がいきません。
私は、オーナーや店長のおっしゃるように、
店外営業も頑張ってきたつもりです。
売上だって、ナンバークラスまで頑張っているのに、
なぜ新人さんに横取りされなくちゃいけないんですか?
菊地店長に言ってもわかってもらえないみたいですし。
ですから、オーナーに直接メールをお送りしました。
私、こんなに頑張っているのに、
なぜこんな目にあわなければいけないんですか?』
オーナーは絶対に、私の味方をしてくれる……
さわちゃんや、菊地店長のことを、きっと叱ってくれるはず。
メールを送ってから2時間後。
そんなことを考えていた美里のもとに、オーナーからの返信が届いた。
『メールありがとう。
美里さんは、最近特に頑張っているらしいね。
菊地君からも事情を聞いた。
しかし、君は勘違いをしているようだ。
お客様は別に、君のものではないし、
新人のさわさんの営業方法も間違っていない。
君は自分の成績ために頑張っているだけだろう?
お店は当然、自分の売上だけではなく、
お店に貢献してくれるコを求めている』
なに…この、冷たい返事!?
意味がわからない…
こんな理不尽な扱いをされるなんて、裏切られた気分だよ…。
「サイテー!」
美里はベッドに携帯をたたきつけた。
お店、辞めようかな…
その日、美里は初めて無断欠勤をした。
ひたすら寝た。
暗闇の中で目を覚まし、枕元の時計を見ると、深夜二時を回っていた。
もう、お店は終わった頃だ…
店長もオーナーも、私のこと心配してるだろうな…
心配の連絡がたくさん入っているだろうと思いながら携帯をチェックしてみると、着信は一件しか入っていなかった。
「美里ちゃーん。
今日、お店行ったのに、お休みだったね。
残念でした。では、またね!」
留守電を聞いてみると、月に一度だけ来店する、森さんからの着信だった。
え……
それだけ……?
今日は、お店が極端に忙しかったのかな…
それとも、私のことを今、ミーティングしてるのかな…?
でもなんで店長もオーナーも、連絡くれないの?
孤独感がじわじわと押し寄せてくる。
……もしかして『私は必要ない』ってこと?
美里は改めて、オーナーからのメールを読み返した。
『自分の成績のためだけに頑張っている』?
『お店に貢献してくれるコ』って?
どういう意味だろう……?
最近の店での出来事を思い出しているうちに、いくつか心辺りが見つかった。
ある金曜日だった。
お店には、どんどんお客様が入ってくる。
「美里ちゃん、ちょっとこっちの席のヘルプ、お願いしていい?」
「え!? なんで私がヘルプなんて行かなくちゃいけないんですか?
それに、もうすぐ私のお客様来るし…」
「それまでの間だけでいいからさ。ね! お願い!」
「新人があまってるんだから、他の人に頼んでくださいよ」
「そっか…わかった…」
売上にもならないヘルプにつくなんて、あの時は美里のプライドが許さなかった。
今思えば、あの時の真理子さんのお席は、
たまにいらっしゃる重要な接待のお客様の席で、難しい接客だったから
新人じゃなくて、私が呼ばれたんだ…。
なのに、私…
「アフター仕切れるコ、いなくって。
フリーの団体のお客様なんだけど、
美里ちゃん、アフター手伝ってもらっていい?」
ある日の営業終了間際、スタッフに頼まれたこともあったが、連日のアフター続きで疲れていた美里は、こともなげに断ってしまった。
でもあれって、もしかしたら
フリーのお客様ゲットの、チャンスをくれてたのかも…。
営業時間中のキャストの人数も、お客様より少なかったみたいだし、
行ってあげれば良かった…。
一つ二つと思い出すうちに、ほかにもどんどん出てくる。
オーナーがいう「お店に貢献してくれるコ」に、自分は必ずしも当てはまらないことを、自覚せざるを得なかった。
そして何より、佐藤さんのことは、元はといえば美里自身、れなちゃんから横取りしたようなもの、と言われても仕方がない。
もちろん、美里はそんなふうには思っていなかったが、状況だけ見れば、今回のさわちゃんのしていることと同じだ。
次の日、美里は1時間も早く出勤をした。
そして、菊地店長に会うなり、深々と頭を下げた。
「店長、昨日は無断欠勤してごめんなさい。
あと、オーナーにメールで愚痴っちゃったんですけど、
それも、ごめんなさい。オーナーにも謝っておきます。
佐藤さんの件、1日考えて、
店長やオーナーのおっしゃっている意味が、やっとわかりました。
私、お店のために心を入れ替えて、今日からまた頑張ります!」
顔をあげたその表情は、晴れやかだった。
(つづく)
- ★ Kaori's column ★
vol.12 ヘルプのあれこれ - お店で「ヘルプ」を指すものは、2通りあります。
(1) ヘルプ(売上制ではなく、時給換算の給与)として採用されているホステスのこと。
対義語:売上・売上のお姉さん
(2) 給与体系などは関係なく、自分のお客様以外のお席についてお客様の接客をすること。
※今回のハッピーレボリューションの美里の回想シーンの場合は、こちらが該当します
まず、(1)でいうヘルプに必要な第一条件は、とにかく容姿端麗なこと。それが、お給料を決める主な基準になります。
顔とスタイルに値段がつく感じです。
その分、接客については多少目をつぶり(会話が下手でも、見た目が良ければとりあえずよしとしよう、みたいな…)、営業は、もし頑張ったらその分ボーナスがつく、という仕組み。
ですから、係(指名)の女性が決まっているお客様と同伴しても良いのです。
その場合、ヘルプのコには同伴ポイントがつき、係(指名)のホステスには、売上がつく仕組みになっています。
ヘルプのコは、こういった同伴ポイントがたまると、お給料日にボーナスがもらえます。
初めてホステスになって、ゼロからのスタートの場合、いきなりお客様がつくわけではありません。
売上ホステスとしての道を希望していても、まずはヘルプからのスタートになります。
その場合、売上はつきませんが、係(指名)の女性が辞めたり、あなた自身が他店へ移籍する時などには、そのお客様が自分のお客様として「売上」になる可能性も十分にあるわけです。
これは主に銀座でのお話。
次に、(2)のヘルプは、つまりはお互いの協力関係を指しています。いわゆるギブ&テイクですね。
ある程度指名が獲得できるようになってくると、当然お客様が重なってしまうことだってあります。
そんな時、場をつないでくれるのが、自分のヘルプをしてくれるコ。
そのコが仲良しさんだったり、自分を良く思ってくれるコだったら、安心して任せていられます。
一方、万がいち、自分がいない間に悪口や、事実無根の悪い噂などをお客様に言われたりしたら、どうでしょう? ……怖いですよね。
事実、そういうトラブルは多数聞きます。
女は嫉妬の生き物ですからね。
では、それを防ぐにはどうすれば良いのでしょう?
今回の美里が学んだように、お店や他の女のコたちの利益になるような協力を買って出れば良いのです。
よほどの天才でない限り、最初は周囲から「明るく素直で使えるヤツ」として認識されることから、ホステスとしての出世街道が開けてくると思います。
売上や指名数にこだわるのは、その次です。
仮に、絶世の美女で、接客の天才であったとしても、一匹オオカミで頑張るには限界がありますから、やはり周囲との協調性は重要です。
また、これは水商売に限らずいえることですし、当たり前の話ですが、お店は売上を増やし、利益を増やすことが目的で商売をしています。
つまり、個人の成績や自分の都合ばかり優先して、他の女性やスタッフを振り回すようなコよりも、お店の利益を最優先に考えるコが、重宝がられる=お給料を上げてでもうちにいてほしい、いいコだからいいお客様を紹介してあげよう、と思われるコなわけです。
ともすれば、自分の努力や才能だけで、成果を勝ち取れたと勘違いしがちなこのお仕事。
ですが、常に、お給料を払ってくださるオーナーや、働きやすい環境を作ってくださる店長さんやスタッフさん、自分の売上にならないにも関わらず、楽しくヘルプをしてくれる女のコたち、そして、何よりご来店くださるお客様にも、常に感謝の気持ちを忘れてはいけないと、私は思います。