※ダブルクリックでテキストの向きを変更できます。
第十夜 「お客様は誰のもの?」
どうやら、その日は寝過ぎたようだ。
ぼんやりした頭で時計を見ると、11時を回っている。
!!! ヤバイ!!
今日は佐藤さんと、12時半にランチの約束をしていたんだった!
佐藤さんは美里にとって、数少ないフト客。
ないがしろにはできない。
メイクもそこそこに、美里は部屋を飛び出した。
幸い、待ち合わせの場所は、美里の家から二駅先の日本橋だ。
なんとか間に合う時間だ。
コレド側の改札を出ると、佐藤さんが待っていた。
「あ! 美里ちゃん! おはよう!
ちゃんと一人で起きられたんだね!」
「もぉ~! 私、つい最近までOLだったっていうのに、
信用ないですねぇ!」
今日は昼間に時間があくから、ランチをしようと誘われていたのだ。
本当は同伴してくれるほうが、うれしいんだけどな…。
飲み慣れている佐藤さんは、もちろんそんな、美里の本音は知っている。
それでもランチに誘って、その誘いに嫌な顔一つせずに、嬉しそうに美里が乗ってくれることが満足なのだ。
明るくて、石畳になっているイタリアンのお店に入ると、佐藤さんはカバンから取り出した紙袋を差し出した。
「はい、コレ」
「……え? 何ですか?」
中に入っている箱のつつみをあけると、ブレスレットが入っていた。
「うれしい! いただけるんですか!?」
美里はあまりジュエリーには興味はなかったが、佐藤さんの気持ちを思って、大げさなくらいよろこんだ。
「はずれちゃうまで、絶対はずさないっ!」
その場でブレスレットを着けてもらい、はしゃいで見せた。
佐藤さんは頼んだチーズリゾットを食べながら、意外なことを言った。
「そういえば、さわちゃんからメールが来たよ。
今度ゆかた祭りやるんだって?」
さわちゃんから、メール?
私のお客なのに、なんでメールしてんの?
聞いてないんだけど……
さわちゃんは、最近他店から移ってきた、見た目が派手なコだ。
他店ではそこそこ売れていたらしいが、この店では美里のほうが先輩だ。
美里は、かなり嫌な気分になった。
「あ、そうそう。
約束の旅行、何時待ち合わせにしようか?」
うわっ、こんな真っ昼間から、その話!?
「あの…そのことなんですけど。
私、やっぱり、その日は、ちょっと……」
「え?? どういうこと?
あぁ、そういうこと?
そうかぁ。残念だなぁ」
その日、出勤するとすぐに、美里は厨房にいた店長に駆け寄り、小声で言った。
「なんかね、さわちゃんが私のお客の佐藤さんに、
ちょっかい出してるみたいなんだけど…。
店長、なんか言ってやってよ」
「え? ちょっかいって?」
「メールが来たって、佐藤さんが言ってたの。
まったく…。ちょっと他店で売れてたからって、
礼儀も知らないんだから。やーよねー」
美里の言葉には、被害者としての怒りが込められていた。
「でもさ、佐藤さんが美里ちゃんのお客さんだって、誰が決めたの?」
「は? 何ソレ? だって、指名されてるし」
「っていうか、美里ちゃん、自分のお客様じゃなかったら、
お礼メールとかイベントのお誘いしないわけ?
逆にそれ、ちょっとびっくりなんだけど」
「は? 意味わかんない!」
「お客様って、美里ちゃんのモノじゃないよ。
そりゃあ、気持ちはわかるけど、選ぶのはお客様だから。
アプローチするのは、自由だと思うな。
佐藤さん自身、さわちゃんからメール来ていること、
嫌がっているわけじゃないんだしさ。
それに、コレはとっても重要なことだけど、
お客様はお店に何をしに来ているんだと思う?
モテに来ているんだよ。
男性だったら、女のコたちにモテて嬉しくない人はいないでしょう。
なのに、積極的にメールしないなんて…。
美里ちゃんこそ、他のお客様に対して手を抜いているんじゃない?」
「そ、そんなこと言ったって…」
「それに今聞いた話だと、要は、さわちゃんは、
お店のイベントのお知らせの営業メールをしてくれたってことでしょう?
そんなの、さわちゃんに感謝しなくちゃいけないくらいじゃん。
最近の美里ちゃん、営業の基本を忘れてる。僕、悲ちぃ……」
菊地店長は少しふざけた調子で終わらせたが、目は一切笑っていなかった。
その夜、佐藤さんが、一人で来店した。
え? 今日は珍しいな…
店に来るときは、いつも美里と同伴してくれるのに…
そう思って席を立ちかけた美里に、店長が言った。
「あ、今日は美里ちゃんじゃないんだ」
「え……?」
「さわちゃん、佐藤さんが呼んでいるよ。頑張って!」
え……?
美里は、目の前が真っ暗になった。
(つづく)
- ★ Kaori's column ★
vol.11 お客様からのプレゼント - オミズ=高価なプレゼント
そんな連想をする方も、多いのではないでしょうか?
高価なプレゼント。
確かに、いただけます!
私がいただいた中で一番驚いたのは、現金200万円です(笑)。
そのほかにも、ブランドのバッグやアクセサリーなどなど…普通のOLをしていた時代には、いただけないものばかりです。
私ではないですが、お店のビルの下に大きなリボンのかかった、白いメルセデスベンツが停まっていたこともあります(同じビルで働く女性が、リボンをほどいて乗って帰りましたとさ・笑)。
でも私は、プレゼントはあえていただかないようにしていました。
少なくとも、「ほしい!」と自分からねだるなんてことはしません。
そう思うようになったのは、プレゼントをいただくという「リスク」を知ってからです。
かつて、学生時代にアルバイトをしていた頃は、何も考えずにプレゼントをもらっていました。しかも、山ほど(笑)。
身につけるもの(コートや服、バッグやカバン、時計やアクセサリー、お店のドレスから、下着に至るまで!)は、すべていただきものでした。
グッチの試着室から出たり入ったりしながら、「これとあれとそれと、あと、あれも♪」「お会計65万円になります」「わーい! ありがとうございまぁす!」なんていう時代もありました。
今思えば……その人とは、手もつないだこともないんですけど(爆)。
そんな私が、プレゼントをいただかないことを決めた理由は2つ。
(1) プレゼントをいただくと、売上が下がるから(=お給料が減ってしまうから)
(2) プレゼントをいただくと、見返りを求められるから。
まず、(1)の「売上が下がる理由」ですが、バブル期ではない今、ごく一部の人を除いては、使えるお金、というのは限られてきます。
プレゼントをいただくということは、その分、お店での飲み代が減り、結果、売上が下がるということなのです。
また、高価な物を持っているような女のコは「高嶺の華」に見られ、「僕には無理だな」と敬遠されがちです。
男性はそのコにとって、自分が「特別な存在」でありたいですからね。
では(2)の「見返りを求められる」というのはどういうことでしょうか。
お客様は無意識に(いや、女のコに言わないだけで、かなり意識的かも…)、「費用対効果」というものを計算しています。
つまり、高価なプレゼントをいただくということは、それだけの「見返り」がなくてはいけないわけです。
気遣いやサービス、「素敵♪」なんていう褒め言葉だけでは、気分を良くする+ストレス解消してあげられるくらいで、お客様の期待する「見返り」には限界があります。
では、返せない部分が積み重なると、どうなるのでしょうか?
そんなときは大抵、プツンとそのお客様が切れてしまうか(=他店のコストパフォーマンスの良いお店・女のコの元へ行く)、あるいは、肉体関係を求められるか、などのリスクが伴います。
その時になって気がついても、もう手遅れです。
しかし、それでも「プレゼントをあげるのが好き」というお客様も時々いらっしゃいますし、「ほしい」と言わなくても、プレゼントしてくれる場合もあります。
お誕生日などの特別な日にいただくプレゼントも同様です。
そういうときは、おおげさなくらい「うれしい!!」とよろこぶべきです。
(例え、「こんなのいらない…」と思っても、ね)
そういうお客様は、純粋に「女のコがよろこぶ顔が見たい」という理由でプレゼントしてくれるのですから。
プレゼントはねだらない。
しかし、いただいた時には、大きくよろこぶ。
そんなふうに「いただき上手」になれたら、プライベートで彼氏からのプレゼントもきっと増えるはず!?