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第八夜 「『時々客』を『常連客』にする方法」
何はともあれ、美里は今日からOLではなく、オミズのプロになった。
ちゃんとしなくてはいけないと、朝の10時から営業メールを始めた。
バースディイベントのお誘いメール、考えなきゃ…。
『○○さん、お仕事お疲れ様です!
さて、来月は私のお誕生日なんです。
25歳、また一歩大人の女に近づきました。
お誕生日という特別な日だからこそ、○○さんと過ごしたいのですが、
お忙しいでしょうか?
お食事、ご一緒させていただけませんか?
ご返信楽しみにお待ちしております!』
まずは、一件でも同伴を入れて安心しておきたくて、美里はその日、30件もメールを送った。
こんなに頑張ったんだから、きっと大丈夫だよね…?
ところが、思ったよりメールの返信が戻って来ない。
なんで…?
お店では、あんなに口説いてきていたのに…。
ある返信で、美里は重要なことに気がついた。
『美里ちゃん、営業メールありがとう。
今日は僕の誕生日だから、お祝いのメッセージかと思ったら、
営業メールで悲しかったよ。
美里ちゃんの誕生日は覚えてたけどさ、ちょっと凹むなぁ』
あちゃー!!
みんなに定型文で送っちゃった…。
まずかった…かな…。
その日出勤すると、店長に橋本さんからの返信の内容を報告した。
「ええ!? 美里ちゃん、橋本さんのお誕生日、忘れてたの?
サイテーだね!!」
「だって、知らなかったんだもん。
いや、正確にいうと、聞いてたけど、忘れてたんだもん。
ていうか、いちいち、みんなの分覚えてらんないよぉ~」
「そりゃそうだけどさ…。
じゃ、美里ちゃんのお気に入りの、小林さんのお誕生日は?」
「9月11日!」
「ほら、ちゃんと覚えてるじゃん!
美里ちゃんが自分を『特別な存在』と思ってくれていると
お客様は思っているんだから、
誕生日くらいはちゃんと知っておかないと。
好きな人のお誕生日や、血液型、それにどこに住んでいるか、
普通は、何でも知りたいでしょ?
でも、忘れちゃうってのもわかる。記憶には限界があるから。
だからほかの女のコたちは、
お客様リストを作って沢山メモとかしてるよ。
美里ちゃんもそうしなくちゃね~。このままじゃ、お客様離れてくよ!」
確かに…一度っきりのお客さんたちと話した内容なんて、
ほとんど覚えてないよ…。
その場の会話を盛り上げることだけしか、考えてなかったもん…。
「あやのさん、お客様の管理ってどうしてますか?」
その日、ロッカールームで一緒になったあやのさんに聞いてみると、いつも使っている手帖を見せてくれた。
そこにはお客様ごとに、誕生日、出身地、好きな食べ物、会話の内容…などがびっしりとメモしてあった。
「自分を気に入って欲しかったら、まずはお客様を好きになること。
お客様に気持ちを伝えるためには、会話でも、メールでも、
そのお客様の情報がなくてはダメ。
その場限りの盛り上がりでは、お客様との関係は長くは続かないわよ」
あやのさんの言葉で、一度しか来店したことのないお客様たちの顔が、美里の頭をよぎった。
この日の帰宅後も美里はパソコンに向かい、覚えている限りのお客様の情報をエクセル表に書きこんでいった。
しかし情けないことに、書きこめる情報はとても少なく、仕方がないので、名刺にある会社名から、その会社のホームページを探してみたりして、何とか情報を仕入れた。
その日から美里は、お客様の表にメモを増やすのが楽しみになっていた。
そんなある日。
「佐藤さんが、美里ちゃんを呼んでるよ」
菊池店長からそう告げられ、美里はハッとした。
佐藤さんから指名!!?
まさか…。
動揺しながらも、目一杯の笑顔でお席に向かった美里に、また1つ、大きな壁が迫っていた。
(つづく)
- ★ Kaori's column ★
vol.09 お誕生日 - 「お誕生日」「お誕生月」
この響きに何度胃を痛めたことか…(^_^;)
お誕生月は、一年の間で、年末と同じくらいの稼ぎ時なわけです。
かつ、お店に慣れてくると実感していただけると思いますが、それなりのプレッシャーがかかります。
銀座でいうと、クラブの有名ママさんや人気ホステスさんのお誕生日ともなれば、並木通りの舗道を埋め尽くすばかりのスタンド花(笑っていいとも、のようなアレです)が立ち並び、店内ではシャンパンの嵐。
リボンがかかったメルセデスも、見たことがあります。
私の場合、クラブとしてはあまりよろしくなかったかもしれませんが、パフォーマンスの意味でシャンパンタワーをやりました。
それも2日に渡り2回。
シャンパンタワーではシャンパンを10本くらい使うので、その分売上が上がります。
花より団子ならぬ、花よりシャンパン、なわけです。
また一方で、お客様がお誕生日だった時、これは営業の大チャンスなのです。
お誕生日というのは、男女問わずやはりその人にとっては特別な一日という感覚があるものなので、そこですかさずお祝いをすると、感動もひとしお、好意倍増です。
VIPのお客様に対しては、数万円分のプレゼントをお渡しすることもありますが、そのような方はそもそも、もはや欲しいものは何でも自分で買えるような方々なので、値段よりも、珍しかったり、名前入りだったりと、特別感が伝わるものを選びます。
逆に、お店で沢山お金は使ってくれるけれども、決して裕福なわけではないような方の場合や、経費でお店に来てくださるサラリーマンの場合、高価なプレゼントが喜ばれます。
こういうところでケチってしまうような女のコは、あまり人気が出ないので、要注意です。
要所要所での投資は必要ですね!