ハッピーレボリューション

※ダブルクリックでテキストの向きを変更できます。

第九夜 「美味しい客」

確かに、佐藤さんはたくさんお金を使ってくれる。
お店には頻繁に来店するし、ワインやシャンパンも2回に1回はあけてくれる。

だから、女のコたちからは、「美味しい客」と言われている。
でも、美里にはちっとも「美味しい客」だなんて、思えない。


佐藤さんはつい最近まで、れなちゃんを指名していた。
れなちゃんの順位は6位だったが、そのほとんどが佐藤さんの売上だけだった。

ところが、佐藤さんは3ヵ月おきに、きまって指名を替える。
佐藤さんに指名されるいろいろな女のコが、佐藤さんとの深い関係を噂され、そして、指名替えで売上がほぼゼロになると、女のコはいつの間にか、お店からいなくなっているのだ。
美里はそんなパターンを、少なくとも3人は見た。

それに、れなちゃんとの関係がぎくしゃくするのも、嫌だった。
さまざまな思いが頭を巡り、そのとてつもなく大きな黒い何かに、美里はぞっとした。

それにしても…。
佐藤さんはなぜ、れなちゃんじゃなくて、
私を指名するようになったんだろ…?


美里は以前、佐藤さんに誘われ、アフターに付き合った時のことを思い出した。

「ねぇ、ねぇ、美里ちゃぁん。旅行行こうよぉ、旅行!」

「りょ、旅行ですか…?」

「え? 嫌なの?」

「嫌なわけじゃないんですけど……」

「じゃ、いつにする? いつにする? 6月の半ばは?」

「6月はちょっと…」

「じゃ、7月は?」

「7月は…」

「7月なら大丈夫でしょ? じゃ、7月で決定ね! 予約しておくから」

冗談…だよね?

美里は冗談だと思っていた。

次に佐藤さんが来店したのは、翌週の火曜日だった。


「佐藤さん、この間のアフターのお寿司、美味しかったです♪
 ついついお酒もすすんじゃったから、二日酔い酷かったですよ~」

「そっかぁ。俺も次の日の朝はつらかったな。
 あ、そうそう。箱根、予約しておいたからね」

急に小声で耳打ちしてきた言葉に、美里はドキンとした。

ま、ま、マジで……?
冗談…じゃ…なかったんだ!!


そんな心が表情に出てしまったのか、佐藤さんは眉間にしわをよせながら、声を低くして言った。

「え? 約束したのに、まさか、ドタキャンなんて失礼なこと、
 しないよね?」

「ドタキャンなんて、しませんよぉ~!
 スケジュール、確認しておきますね」

美里はとっさに答えてしまった。

その日佐藤さんは上機嫌で、ドンぺリやらニューボトルやらを入れて帰っていった。

どうしよう…
どうしよう…


不安な思いばかりが頭を巡り、その後の会話の内容なんて、さっぱり覚えていなかった。


営業終了後。
美里は、忙しそうに片付けをしている菊地店長の後ろをちょこちょこと着いて回り、今日の佐藤さんの旅行話のいきさつを話した。

「ねぇ、ねぇ、店長!
 佐藤さんに口説かれて、私とっても困っているのだけど、
 どうしたらいい?」

菊地店長の手がピタリと止まった。

「口説かれてる? あはははは」

「はぁ? 何がおかしいのよ。
 私、これでも真剣に悩んでいるんだから!
 旅行の予約までされちゃったのよ!」

「あぁ、そうか。ごめんごめん。
 佐藤さん、太っ腹だけど、いろいろ大変らしいよね。
 でも、美里ちゃん、それ、口説かれてるって言わなくない?」

「え? どういう意味?」

「ま、考えてみなよ。じゃ、お先ぃ~」

ちょ、ちょ、ちょっと店長!!
ひどくない…?
私がこんなに悩んでるのに……。



美里はそのとき、以前、あやのさんから教わったことを思い出していた。

そういえばあやのさんは、
「本当に好かれていれば、お客様は女のコが嫌がることはしない」って言ってたっけ…。
だとしたら、私は好かれていないってこと?
じゃあ、なんで私が指名されたの?

もう!
一体、何なのよ!




それから一週間の間に、佐藤さんは4回も来店した。
必ず同伴で入店し、美里の都合が悪い時には店前同伴ということもあった。

美里のグラフは、以前のように苦労をしなくても、気持ちがいいほどぐんぐんと上昇し、やがて、売上ランク2位という位置まできた。

やった!
私も、やっと才能の花が開いたのね!


美里は、その時はまだ気がついていなかった。
今まで頑張っていた他のお客様への連絡や、せっかく来店してくださった方への感謝と気遣いを、すっかり忘れていることを…。

いつの間にか、美里は自分が見えなくなっていた。

人は好調な時に、反省をしないものである。
上昇気流が永遠に続くような錯覚に陥る。

佐藤さんは私にゾッコンみたいだから、ほかのコとは違うみたい。
旅行だってきっと、てきとーに流せるかんじだよね…。
なんだ、思ったよりラクショーじゃん!



恋愛も、お客様も、「私だけは特別」なんてことは、ない。
そんな基本的なことを、わからなくなってしまうほど、ナンバー2の地位は美里を舞いあがらせた。

「美里ちゃん、売上、すごいね!
 あとちょっとで1位じゃん!
 さすがだね!」

店の女のコたちからの、賞賛の声…。

ただ一人、菊地店長だけは、美里のこの危険な兆候に、気が付いていた。

(つづく)


★ Kaori's column ★

vol.10 アフターで売上up☆
アフターとは、営業時間後にお客様とお食事やバー、カラオケなどに行くことなどを言います。
お客様と一対一の場合もありますし、複数対複数の場合や、一人のお客様に対して何人もの女のコ、という場合もあります。
時には、男性スタッフも一緒に誘われることもあります。

営業時間外なので、当然お給料も発生しません。
しかし、お客様にとってこのアフターとは、「営業時間外=仕事上だけの付き合いではない」という満足感を感じていただける、絶好の機会です。
「アフター」の活用次第では、売上向上に直結します。

では、アフターは、「どのような人」「どのような場合」に、「どのようにして」誘う(または誘われる)のでしょうか?
そして、アフターではお客様に対して、店内と違う「どんな接し方」をするべきなのでしょうか?
私の経験をもとにまとめてみました。


★「アフターに誘うべきお客様」とは?

【新規顧客候補の方】
 ・他店でたくさんお金を使ってそうな方
 ・(自分の勤める)店に何回も通ってくれているけど、
  今のところ指名がない方
 ・辞める予定の女のコ(または、辞めそうな新人など)のお客様
 (もちろん現在指名されているコの了解を得ないとNGです)
 ・お金はありそうだけど、夜遊びを知らなそうな方


★乗り気じゃなくてもアフターに行くべき場合とは?

【他の女のコのお手伝い、人数合わせ】
ギブ&テイクですからできるだけ行きましょう。
案外、そのまわりの方と親密になり、新規顧客開拓になることも。
ただし、自分のお客様がいる時は丁寧に断りましょう。

【沢山お金を使ってくださる方】
店内の接客だけでは、絶対に費用対効果は満たされないはず。
時間を長く使うか、VIP扱いの接客をしなければ、お客様はなかなか満足されないことも多いです。そのために、アフターでフォローする必要があります。
特に、店内で満足な接客時間を取れなかった方(他の指名や接待で忙しく、お席にほとんどつけなかった場合)。
そんな方には、店内でお席につけた時にすかさず、自らアフターを誘ってみましょう。
するとお客様は、その後お席にほとんどつけなくても、たぶん怒りません(^^)


★アフターでの接し方

「もう仕事じゃないんだから、気を遣わなくていいよ!」
アフターの時、お客様によく言われるセリフです。
でも、これを真に受けて、本当に気を抜いてしまう新人さんをよく見かけます(絶対NGですよ!)。

そんな時は
「ありがとうございます!
 ○○さんの前だと、つい素になっちゃう! てへ☆」


なんて、特別感を出しつつ、お客様への気遣い、そしてお客様を持ち上げて、次のお食事(または同伴)の約束まで取り付けちゃいましょう♪


アフターは、時給は発生しなくても絶好の営業の場。
無駄にせずに、しっかり狩り取っちゃいましょう(笑)。

ちなみに、上級者はアフターをネタに、こんなふうに営業メールをしたりします。

「今日はちょっといろいろあって、
 ○○ちゃん(お店の他の女のコ)と酔っぱらいたい気分なの!
 アフター、付き合ってくださったら嬉しいな☆」


こんな感じのメールを、一斉に送ります。
するとどうでしょう?
続々と返信メールが来ちゃうんです(^^)

その中でも、次回の来店につながりそうなお客様には、即反応(返信)するべし!
この「暗黙の了解」がわからない(「俺、アフターだけ誘われたのかな?」みたいな)、方へは、「昨日は酔っぱらっちゃってて、返信に全然気がつかなかった。残念(涙) また今度行きましょう♪」という感じのフォローを、次の日にきちんと入れましょうね。

では、アフターが重なっちゃったら、どうするのがベストでしょうか?
私の場合、アフターが3本重なるということも、日常茶飯事だったのですが、そんな時は他の女のコに助けてもらいながら、1つ1つを順番に回るのです!
移動中の私は、カッコ悪いほど超ダッシュです(笑)。
でもこれは上級編なので、あまりマネしないでね♪