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第四夜 「お客様は何を求めてる?」
「ねぇ、美里。美里ってば!」
「え? あ、ごめん。なんだっけ!?」
「もぅ! また小林さんのこと考えてたんでしょう?
でも、わかる! 小林さんかっこいいもんね! いいなぁ、美里!
あ! ひょっとして、最近とうとうしちゃいましたかぁ!?」
「してないしてない! からかわないでよ~
プラトニック!」
小林さんは、先月市川さんに連れられて、初めてご来店されたお客様だ。
同年代の男のコとしか恋をしたことがない美里にとって、小林さんの大人で優しい雰囲気は新鮮だった。
お客様に恋なんてしない、と宣言していた決意さえも忘れさせるほどに、小林さんの爽やかな笑顔に美里は夢中になっていた。
今日は、小林さんが来てくれる日。
美里はお気に入りのドレスでそわそわしながら、待機席にいた。
同期入店の仲良くなったサツキちゃんが、隣で美里に何か話しかけていたが、美里はそれどころじゃなかった。
小林さん、今日は鈴木さんをご接待すると言っていたから、
奥の席に通してもらえるうように、
菊地さんに頼んでおかなくちゃ。
そうそう、スウィーツ好きの鈴木さんのために、
銀座で評判の生チョコ、冷蔵庫に入れてもらっていたのも、
菊地さんに言わなくちゃ。
美里は、小林さんの接客について、何日も前から一生懸命考えていた。
好きな人に喜んでもらいたい、その一心だった。
ある日、美里はふと、最近何度か来店されている楠田さんが、向かい側の女の子と下ネタで盛り上がっている様子を見ながら、改めて不思議に思った。
この方は、何を求めてレジェンド来ているのだろう?
昨日、ミーティングした時に、菊地店長も言っていた。
「美里ちゃん、お客様は何を求めてレジェンドに来ると思う?」
「え? 何って、お酒を飲みに来るんでしょ?」
「いやぁ、それはどうかな。
お酒を飲みたいだけなら、酒屋さんで買って飲めばいい」
「そういうんじゃなくて、お酒飲むときの雰囲気とかあるし。
家飲みじゃ、なんだか虚しいじゃん!」
「そうだね。雰囲気を求めるなら、バーの方がずっと安く飲めるんじゃない?」
「そっかぁ。じゃあ、女を求めて来るんだ!
みんな結局『やりたい』ばっかり言ってるし! 男ってサイテー。
菊地さんもそうなの?」
「違うよ。
確かに、魅力的な女性がいたら、ついつい誘いたくなっちゃうけど、
本当に体目的なら、風俗に行ったほうが、よっぽど手っとり早いでしょ!」
「じゃ、なになにぃ? 巷でよく言う『疑似恋愛』ってわけ?」
「まぁ、そういう表現もあるかな。
でも、これは奥が深いんだよ。ちょっと考えてみて」
…疑似恋愛ねぇ。
この人も、女のコに片っぱしから「愛人になってよ」とか言ってるし、
どうせ数撃ちゃ当たると思ってんでしょ。
そんな楠田さんが今日、本指名を綾乃さんに決めたらしい。
綾乃さんは、水商売歴も、年齢も少し先輩の20代後半のお姉さんだ。
その日の営業終了後、ロッカールームで一緒になった綾乃さんに、聞いてみた。
「あのぉ、綾乃さんてよく、楠田さんみたいな人と付き合えますね。
やらせろやらせろ、とばかり言われて苦痛じゃないですか?」
「あら! あの方、そんなことどころか、下ネタも言わないわよ」
美里はますます、わけがわからなくなった。
楠田さんとは、下ネタしか話したことがない。
それに、本指名ということは、一番気にいったコ、のはず。
なのに、誘わないなんて…
営業終了後、菊地店長に聞いてみた。
「綾乃さんって、楠田さんを純情だというんですよ。
あの、下ネタキングの楠田さんをですよ!? どう思います?」
「あはは。確かにあんなに豹変するのは意外だったけど、良くある話だよ。
男は、本当に好きになった人には、嫌がることをしない!
ただそれだけ!」
「男だけじゃなくて、女のコだって、好きな男性には意地悪はしないし、
喜んでもらいたいって思うでしょ?」
美里は、小林さんの笑顔が頭をよぎった。
そうか。
私だって、小林さんの前では嫌われたくないから、猫かぶってるし、
喜んでほしいから、接客に気合いも入るけど、
他のお客様には同じことしてないなぁ…。
美里は急に、他のお客様に申し訳ない気持ちが湧いてきた。
(つづく)
- ★ Kaori's column ★
vol.05 お客様に『大切にされる』女のコ - お客様は何を求めてご来店されるのでしょう?
彼女を作りたいから? まぁ、そういう方もいらっしゃるかもしれませんが、別に彼女じゃなくてもいいんです。
癒しを求めて? 隣でニコニコしているあなたを見て、お客様は癒されるのでしょうか?
夢を見たいから? 確かに、きれいな女性に囲まれているのは夢のように幸せでしょう。では、それはどんな夢?
疑似恋愛? 疑似恋愛って、一体何? 「○○さん、愛してる」って言えばいいの?
お客様の求めているもの、それは
☆チヤホヤされたい、モテたい。
☆ドキドキしたい、ときめきたい。
男性は、そんな気持ちの高ぶりが明日の仕事のエネルギーになるものなのです。
それは例え接待のお席だとしても、あなたの接客力が並はずれた才能にあふれていない限り、無数にあるお店の中からあなたのお店を選ぶ理由は、あなたに好意があるからに違いありません。
ただし、これだけは絶対にしてはいけない、やりたくないと、私が決めていたこと。それは、自分の気持ちに、そしてお客様に嘘を吐く、ということです。
疑似恋愛は嘘を吐くことではありません。
「愛してる」という言葉は、本当に愛していない限り、嘘を吐くことになっています。
「○○さんの、お仕事熱心で、一生懸命なところが好きです」
「○○さんの、部下の方にも優しいお姿、尊敬します」
これらの好意は、決して嘘ではありません。同性異性問わずどんな方にも必ず、尊敬できるところ、好きなところは、あるはずです。
そんな、人間の素敵な部分を探してお伝えするのが、ホステスの仕事だと思っています。
また、好きな人に対して一生懸命になるように、他のお客様にも、ただ単にお話を合わせて愛想笑いをしている接客以上の接客ができるはずです。
そんな、一生懸命なあなたの姿にお客様が魅力を感じ、あなたに敬意を持って接してくださるからこそ、お客様との人間関係や信頼関係が、初めて生まれるのです。
お客様に大切にされたかったら、お客様を敬意を持って、好意を持って大切にすること、これが鉄則ですね。