ハッピーレボリューション

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第三夜 「1ヵ月後」

体験入店から1ヵ月経ったある日、美里は店長の菊地に喫茶店に呼ばれた。
1ヵ月もたつと、お店のスタッフや女のコたちとも少し仲良くなっていたが、営業前に呼び出されたのは初めてだ。

高架下の、小さな喫茶店。
店内には、水商売らしい女性が2人ほどいた。
その奥で、菊地がニコニコと手を振っていた。

「おはよう! ごめんね、忙しいところ」

「いえ、いいんです。お話って何ですか?」

「いや、実はね……
 美里ちゃんって、お店のシステム、知ってたっけ?」

「はい、あ、いえ、実はよくわからない部分が多くて…」

「だよねぇ。初めてだと、ややこしいよねぇ。
 あのね、結論から言うと、来月30万円売らないと、クビになっちゃうのよ」

「はぁ?」

突然のクビ宣告に、美里は驚いた。


お客さんの扱いにも慣れたし、
お店のみんなとも仲良くなってきたし、
OLとの両立にも慣れてきたところなのに——いきなり何!?
それに、そんなこと、聞いてないし!


「だよねぇ。言ってないよねぇ。ごめんごめん。
 でも、美里ちゃんならいけると思うよ!」

根拠なく励まされ、美里はこの1ヵ月を振り返った。

もしかして…

新人だから許されるだろうと、美里はこれまで営業らしい営業をしてこなかった。
お客さんの名刺をもらうこともあったが、自分から連絡をしたことがない。
お姉さんホステスのフォローをしながら、客に嫌味なことを言われてもニコニコと笑っている
——それが『仕事をしていること』だと、勝手に理解していた。

営業すればいいんでしょ、営業すれば…

「はい。わかりました。頑張ります…」

少しふてくされながら、美里は菊池に言った。

ところで『営業』って、どうやるんだろ…?


部屋に帰った美里は、眠い目をこすりながら、
散らばった名刺をかきあつめた。
集めてみると、1センチくらいの束になった。

こんなにあったんだ…

あとは、赤外線で番号交換をした人のグループ分けを『A』というところにまとめてみた。
8人いた。

お昼休み、美里はあやのランチの誘いを断って、学生時代の友人と約束をしていると嘘をつき、コンビニのサンドイッチを片手に携帯のグループAを出してみた。

そもそも、美里は電話があまり好きではない。
それに、なんと話せば良いのかもわからない。

ふぅ…

大きく深呼吸をしてから、一人目の阿部さんから電話をかけてみる。

(トゥルルルル トゥルルルル…)

出ない。

次は、井上さん…

(トゥルルルル トゥルルルル トゥルルルル トゥルルルル…
留守番電話サービスに接続します。こちらは……)

留守電かぁ…

「レジェンドの美里です。先日は、ありがとうございました。
 また電話します」

はぁ…
次は、高橋さん。
あ、確かこの人、食事の約束してたんだっけ…


(トゥルル…)

「はい、高橋です」

「あ、あのぉ、レジェンドの美里ですけど、高橋さん覚えてますか?」

「あぁ! 美里ちゃん! どうしたの? 突然…」

「いえ、あの…食事のお約束してたなって思って…」

「あぁ、そうだったね。ごめんごめん! 今夜空いてるけど、どう?」

「本当ですか? やったぁ!
 あ、でも…今夜もお店なので、同伴とかじゃダメですか?」

「同伴ね。ははは。いいよ。
 じゃ、18時にニッコーホテルの前で!」

やったぁ!
いきなり同伴、きまっちゃった!


勢いづいてかけた4人目も5人目も電話に出なかったが、そんなことは全く気にならなかった。

だって、今夜は同伴だもん!
よって、本日の営業電話は終了!



その夜、高橋さんは『初めての同伴』の記念にと、シャンパンを入れてくれた。

なぁんだ、ホステスなんて、簡単簡単!
客なんて、テキトーに話合わせてれば、全然イケんじゃん!



次の日のお昼休みも、携帯電話の『グループA』に電話をかけた。
その次の日は、名刺にメモしてある携帯番号へかけてみた。

それにしても、何でこんなことまでしなくちゃいけないのぉ?
営業時間中じゃないのに!
まじ、だるいんだけど…


最近、単独行動で昼休みを過ごしている美里を、あやはランチに誘ってくれなくなった。
でも、美里は今、それどころじゃない。

お金、稼がなきゃ——

こうして1ヵ月が経ち、美里の売上は32万になった。

ふぅ…
なんとか、30万のノルマをクリアできた…


毎日更新されるロッカールームのグラフを見て、安堵のため息が出た。

(つづく)


★ Kaori's column ★

vol.04 即戦力の女
競争の激しい銀座・六本木・新宿などでは、ホステスにも『即戦力』が求められます。
私も美里と同様、お客様が誰もいない状態で0からのスタートだったので、必死に名刺や携帯番号(アドレス)を集めました。
まずは、営業先がないと何も始まりません。

しかし、同じ労力を注いでも、効果の出方は人それぞれ。
そこで、グループ分けが重要になってくるのです。

ちなみに、私の場合はこんな感じです。

★Aランク…既に一度は同伴してくれた方。フリーだけど、お店に多額のお金を落としてくれている方。他店でたくさんお金を使っている方。自分にゾッコン(し、死語?・笑)と思う方。
★Bランク…携帯で連絡をし合う方。メールや電話のお返事をくれる方。
★Cランク…ひとまず名刺はもらっている、携帯アドレスは知っている(が、関係性は薄い)方。

こんなふうに、グループは「見込みランク別」に分けることをおススメします。
面白いのは、「可愛いから」「話が上手だから」といって売れるわけではない、ということです。
水商売の営業とは、実はとっても奥が深いのです。