ハッピーレボリューション

※ダブルクリックでテキストの向きを変更できます。

第二夜 「体験入店」

突然働けと言われた初日。
連れて行かれた美容室で、あっという間にアップヘアーが出来上がった。

さすが銀座!
たまにいく、結婚式のセットをしてくれる美容室とは、全然違う!


いつもより綺麗に見える自分に、美里はテンションが上がった。

美容室を出ると、外はすっかり夜で、
あっと言う間にテレビで見たような、きらびやかな銀座になっていた。
道を行きかう女性も、ドレスやお着物で、男性と腕を組んで歩いている人もいる。

うわぁ、これが銀座かぁ。
綺麗なお姉さんばかりだなぁ…
緊張する…。


お店に戻ると、「待機席」と呼ばれるソファに座っているよう指示された。
怖そうなお姉さんたちに囲まれ、うつむいたまま、会話に耳を澄ましていた。

「ねぇ、今月、マジやばいんだけど」

「今いくら?」

「157万」

「えー、全然いいじゃん! スライド、きりいいし!
 私なんて、きりいいとこまで、あと18万もあるんだけど。
 今日予定ないし! 諦めモード」

「明日、ゼミのわけわかんない課題だってあるし」

ス、スライド……!? スライドってなんだ?
157万って!? すごい!
さすが銀座、金持ちがいっぱいいるんだなぁ…
ていうか、この人、学生なの!?
完全に年上だと思ってたよ…


「美里ちゃん、お願いします」

そんなことを考えていたら、早速店長から呼ばれてしまった。

うわぁ…緊張する…。

気がつけば、店内は8割方埋まっている。

「新人の美里さんです」

「み、美里です。宜しくお願いします」

美里はおそるおそる、客の向かい側の席に座った。

「何? 今日から?」

客の隣に座っていた、いかにも『銀座のホステス』といったヘアースタイルの女性が聞いてきた。
客の太腿に置かれている左手が妙に気になった。

「はい、今日からです。今日は体験で……」

「へーそうなんだ。この店は、こわーいお姉さんたちがたくさんいるから、
 君みたいに可愛いコは、いじめられないように気をつけたほうがいいよ」

ウィスキーらしきものを飲んでいる40代くらいの客が、笑いながら言う。

「木村さん、何てこと言うんですかぁ。超優しいって。私、愛。宜しく」

怖そうに見えたけど、案外優しそう…?

美里はすこし安心した。


「今日からなんだ?」

「出身は?」

「学生? OL?」

その後も、いろいろな席にまわされ、その都度、同じような質問をされた。
そうこうしているうちに、終電の時間になり、その日の営業は終わった。


次の日の朝はさすがに眠かったが、ちゃんと会社には行った。

夜更かしした時と同じと思えば、そんなつらくないかも…。

何より、その日に現金でもらった、体験料1万円が嬉しかった。

たった4時間弱で1万円。

夕方、帰り支度をしていると、知らない携帯番号から電話があった。

誰だろう?

会社からの帰り道、おそるおそる折り返してみた。

「もしもし、クラブレジェンドの菊地です」

わ! 昨日のお店だ!
どうしよ…。


「あの~、お電話をいただいたので、折り返したんですけど~」

「あ! 昨日の美里ちゃんでしょ!?
 店長の菊地です! 昨日、どうだった? 疲れた?
 美里ちゃん、お客さんから大好評でさぁ、いろんな席で『あのコいいよ』って言われたよぉ。
 今日も働きに来ない?」

「い、いえ、今日は…」

「じゃ、明日は空いてる?」

その押しの強さに驚きながらも、美里はちょっと嬉しかった。

「明日なら…。でも…、まだ決めてないし…」

「よっしゃ! じゃ、明日だね! 8時半には来れる?」

「は、はい。あ、でもドレスが…」

「大丈夫! ドレスはまたお店のを着ていいからね!」

こうして美里は、店長の押しの電話で本入店することになった。

(つづく)


★ Kaori's column ★

vol.03 お店の規模、ヘアセットやドレスについて。
地域によっても、お店の規模はまちまちです。
水商売で代表的な銀座でいう大箱とは、在籍ホステスが50名以上の規模のお店を指します。
中箱2030名、小箱10名以下のお店が目安です。
一方、六本木でいう大箱とは、100名近い在籍を指し、店舗面積も銀座の2倍はあります。
同様に中箱も、3040名、小箱は20名以下くらいを指します。地域によって、大中小の認識はまちまちなようです。

ホステスさんの衣装のドレスやお着物は、基本的には自前のものを使います。
ただ、新人さんにはお店のドレスを貸してくれることも多いのでご安心を。
銀座のクラブなどでは、人によっては、毎日着物で出勤することが契約に入っている場合もあります。
そのほか新調日という日に新しいドレスにしなければ、罰金というお店もあります。

ほかにも、ドレスに合わせるパンプスは、ミュールやサンダルはマナー(ルール)違反、つま先があり、ヒールの高い靴を履かなければいけないなど、細かいルールがあります。

また、主要地域では、ヘアセットを義務付けているお店が多く、そのため、例えば銀座には、シャンプー台のない美容室(カット・パーマなどの施術をしない)がビルの一室に数多くあります。

店によっては、更衣室にヘアメイクさんがやってきて、店内でセットするところもありますが、いずれの場合も、髪のセット代(2,000~3,000円)は自腹です。