ハッピーレボリューション

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第一夜 「面接」

最寄駅は新橋と聞いて、驚いた。

銀座って書いてあったけど、最寄り駅は新橋駅なんだ。
変なの…。


その日美里は、会社を早退して面接に向かった。
駅の出口を出て、携帯に表示された地図を見ても、
ここから右に行けばいいのか、左に行けばいいのかわからない。
携帯の画面をくるくる回して、今の立ち位置を確認する。
周囲から見たら、初めて銀座に来たのがバレバレだ。
でも、美里はそんなの気にしなかった。

夕暮れ前の銀座の並木通りに、人通りは少なかった。
赤いロングコートを着て歩く美里は、目立っていた。

「お店探してるの? 面接?」

すぐに、すれ違うスカウトマンが名刺を差し出してきた。

「はい…」

気のない返事をしながら、美里は内心、興味津々だった。

「うち、結構いい時給出すよ。
 良かったら今、見学だけでも来てみない?」

「いえ、急いでますんで…」

美里がうろうろ店を探している間に、面接の時間が迫っていた。
遅れるわけにはいかない。
もらった名刺をポケットにしまうと、速足で面接のお店に向かった。

着いた!
あれ…?
こんなトコ…?



地図が示すそのビルのエントランスは、意外と質素で薄暗かった。
テレビなどで見る銀座のイメージとは、少し違っていた。

「あの…17時にお約束をしていました川島ですが、店長さんいらっしゃいますか?」

エレベーターを降り、おそるおそる入口から顔だけ出して、店内を見回した。
まだ掃除の前なのか、店内にはおしぼりの束や、掃除機が転がっている。

「あのぉ……」

「はーい!」

奥のほうから、男性の声がした。

「川島ですけど…」

「はい? あーはいはい! 昨日電話くれたコね!
 こちらにどうぞお座りください。ちょっと待っててね」

想像以上に若そうな店長だったが、
気さくな雰囲気の人で、美里の緊張は少しほぐれた。

スタッフらしき人にウーロン茶を出してもらい、
店内をキョロキョロと見回していると、先ほどの店長が蝶ネクタイを着けながら戻ってきた。

「うちで中箱くらいかな。他の店も見た?」

「い、いえ。こちらが初めてです」

「じゃ、いろいろ聞かせてね。
 こういうお仕事自体、初めてってことかな?」

『こういうお仕事』って……?

何を指すのだろうと一瞬気になったが、
水商売全般の経験がない美里は、はい、とだけ答えた。

「お住まいはどちら?」

「茗荷谷です」

「年齢は?」

24歳です」

「時給はいくらほしいの?」

「いくらって言われても…できるだけたくさん…」

「そっか、給料のシステムとか知らないもんね。
 えっとね、うちの店は、売上ごとに給料が変わるんだ。
 例えば、君が時給5,000円ほしいとするじゃない?
 そしたら、1ヵ月で大体100万円くらい売上げないといけない。
 うちのお店、客単価は特別高いほうじゃないけど、
 一応銀座価格だから、すぐそれくらいいくと思うよ」

客単価? 売上?
銀座価格???


「あ、でもいきなり売上っていっても困ると思うから、
 最初は、時給3,000円からスタートしてもらうね。
 それとは別に、たくさん同伴したら、ボーナスも出るよ!」

なんだか思ったより大変そう…
他の店もこんな感じなのかな…?


「で、いつから働けるの?」

「え? いつって…」

「今日は用事ある?」

「特にないですけど…」

「じゃあ決まり! おーい! このコ、美容室に連れってあげて」

店長に呼ばれ、さっきウーロン茶を置いていった若い男のコが、奥から出てきた。

「はい、じゃあ、荷物持って。ついてきて」

慣れた感じで指図する。

「え? 今日からお店に出るんですか!? 私、心の準備が…」

ちょ、ちょっと待って!
それに、昼間はOLしてること、まだ言ってないよ!
明日も仕事があるのに…どうしよう…


「心の準備? 今日、営業中に雰囲気見てから決めればいいじゃない?
 ドレスは、ロッカールームにあるから、好きなの着てね。
 あ、名前も決めておいてね!
 本名、かわいいし…本名でいいんじゃない?」

……ま、マジ!?

(つづく)


★ Kaori's column ★

vol.02 オミズのお給料いろいろ。
お店によって、時給制・完全歩合制・日給補償制・スライド制(≒日給+売上歩合制)…と、給与形態は様々です。
時給制とは、いわゆる、ヘルプやアルバイトなどに多い給与制度。経験値や容姿によって、時給が決められる場合が多いようです。

完全歩合制とは、その名の通り、売上の額を折半するなどの完全歩合制度。お店は人件費のリスクを背負わないで済むので、銀座や六本木のクラブではこの制度を導入しているお店が多いようです。この場合女のコも、お客様の予約が入った時だけ出勤する形態が多く、個人事業主となり、お客様からの代金未回収のリスクも負うことになります。

日給補償制度とは、お客様をたくさん持っている経験者が、毎月の売上額をあらかじめ宣言し、それに見合った日給が補償される仕組みです。一般的には、通常の日給よりも高く、ただし、ノルマ(=宣言した売上額)に到達しなかった時には、罰金が引かれるため、ホステスのリスクは大きくなります。

スライド制とは、ある一定額ごとに、日給がアップする仕組みです。
例えば私の在籍していた『ル・ジャルダン』では、30万円ごとに月給が4万円アップ、それ以上は50万円ごとに、日給2,000円アップという、二段階のスライド制でした。
★例:ある月の売上(=総売上)が210万円、出勤日数20日の場合(100万円以上から日給2,000円アップ) 基本給(25,000円+6,000円)×20日+4万円×(210万円÷30万円)=90万円がその月の給料

そのほかにも、バック(=ボーナス)といって、
●ドリンクバック(カクテルやワインなどをお客様に注文していただき、そのうちの数%がボーナスになります。キャバクラに多い)
●同伴バック(一定回数分、同伴をする、もしくは、一回ごとに、ボーナスがもらえるという仕組み。お店の経営的には、同伴はお店が暇になりがちな早い時間を埋められる有効な手段)
●売上バック(売上が一定金額以上になった場合に、売上の数%という計算でもらえる報酬)
●指名バック(指名の本数に応じてもらえる報酬。 キャバクラのシステム)
などの手当がありますが、これもお店によって違いがあります。