ハッピーレボリューション

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第二十二夜 「次のステップへ。」

「実は私、カフェをやりたいんです!
 そんなに大きくなくてもいいから、自分のお店を開きたいんです!」

同伴で入ったおでん屋さんで、美里はビールを片手に、はずんだ口調で話していた。
今日の美里の同伴相手は、都内でカフェを3店舗経営する佐々木さんだ。

「私、自分なりにいろいろ調べて、必要最低限の資金も貯めました。
 良い経験になると思って、今、お店の新人教育も担当しているんです」

「そっか! 美里ちゃん、夢に向かってちゃんと行動していてすごいね!
 ホステスさんで、夢を持っているコは多いけど、
 口だけで行動が伴わないコも多いからさ」

事実、美里の貯金通帳の残高は、500万円を超えていた。
洋服も飲み代もタクシー代もできるだけ節約して、短期間にここまで貯めたことに達成感を感じていた。

「佐々木さんにお聞きしたいんですが……
 あと、私に必要なこと、足りないものって何でしょうか?」

「うーん……足りないものねぇ。
 せっかくたくさんお金を貯めていても、有効に使わないと
 意外とすぐになくなっちゃうんだよ。
 俺なんか、それで超苦労したよ。
 ていうか、俺が今ここまで来れたのは、奇跡に近いよ。
 だからまず、ちゃんと『事業計画』を立てたほうがいいね」

「『事業計画』……ですか」

「うん、わかりやすいシートがあるから、メールするね。
 ところで今の話『美里ちゃんに足りないもの』だけど……
 まず、業界知識と現場経験かな。
 現場経験なしで、成功はないと思うよ。
 俺も畑違いのとこから軽い気持ちで始めちゃったから、
 どこかで修業すれば良かったって、後で後悔したもん」

「現場経験……ですか?」

「あ、でも、期間を決めて短期間で集中してやったほうがいいよ!
 良かったら、勉強になりそうな知り合いの店、紹介するよ」

「確かに、おっしゃる通りかも……。
 佐々木さん、お世話になってもいいですか?」


その2日後——。
美里は佐々木から紹介されたカフェで、早速バイトを始めた。
時給は850円。
勉強のためとはいえ、平日の週4日、朝8時に起きて10時までにカフェに出勤、17時まで働いてそれから銀座へ直行する日々が続いた。
これはいくら頑張り屋の美里でも、かなりきつかった。

さらに、美里を憂鬱にさせる問題があった。

そろそろ、お店に
辞めるって言わなきゃ……


常にナンバーワンでいつづけている美里が抜ける——それが店にとっても大打撃であることは、美里本人にもわかっていた。
新人教育も、誰かに引き継がなければいけない。
お客様に対しても、一度辞めると伝えてしまったら、もう戻ることはできない。
そんな緊張感もあった。



カフェでバイトを始めてから、2ヵ月がたった。

立地、家賃、人件費、内装、メニュー、スタッフの採用……、美里は仕事中に菊地を捕まえては質問攻めにしていた。

よしっ!
佐々木さんから教えてもらった事業計画の必要項目、
着々と埋まってきた!

いよいよもう、
辞めるって言わなくちゃ……
はぁ……気が重いなぁ……



ある金曜の営業終了後。
閉店作業をしていた菊地に、美里は意を決して話しかけた。

「店長、相談があるんですけど……」

「え? なになに? どうしたの?
 また誰かに旅行にでも誘われた? ははは」

いつもの軽い調子で答える菊地を見て、美里の心が痛んだ。


菊地の仕事が終わるのを待って、ふたりは個室のあるバーへ移動した。

「マスター、ジントニックお願いします!」

「あ、じゃあ、私も」

「で、美里ちゃん。何かあったの?」

「いや……あの……とっても言いにくいんですけど、
 私、お店辞めようと思っていて……」

「はぁ!? ええ!? 何で?
 何かあったの?」

「いえ……そういうわけじゃなくて。
 前に私店長に、将来の目標ができたって言ったじゃないですか?
 覚えてないかもしれないですけど。
 カフェを開きたいって……」

「うん、覚えてるよ」

「実は、それがもうすぐ実現しそうで……」

「マジで? すごいじゃん!
 それはおめでとう! 良かったじゃん!」

「でも、お店に迷惑かけちゃうのが心配で……」

「そうなんだよねぇ……。
 純粋にお祝いしてあげたいけど、確かにお店にとっては痛手だからねぇ。
 オーナー、めっちゃ反対するだろーな……。
 でも、夢は叶えてほしいからなぁ……。
 よっしゃ、わかった! 俺から少し話しておく!
 その後で美里ちゃんが伝えて!」


その夜は、今までの思い出話で盛り上がり、金曜らしく朝まで飲み明かした。

「美里ちゃん、頑張ってるもんね。
 うん、俺、応援する! 応援するよ!」

菊地は酔っぱらっていたからか、涙目になりながら、夜のあいだ中何度も繰り返しそう美里に言った——。

(つづく)


★ Kaori's column ★

vol.23 退店の心得
お店を辞める理由は、大きくわけて2つあります。
一つは「オミズ業界から引退する場合」、もう一つは「他のお店に移る(転籍)場合」。
今回はそんな、辞めるときのマナーやルールについてお話しします。

まず、オミズから完全に引退する場合。

(1)退店予定日の一ヵ月前までに、店に退店の意思を伝える
 ☆できるだけ正直に理由を話す
 ☆自分の都合で辞めることをお詫びする

(2)引き継ぎをする
 ☆担当のお客様に、気に入りそうな女のコを紹介する
 ☆だんだんと、自分が席を離れる時間を長くする

(3)退店月の売上を上げる
 ☆できるだけ広範囲に告知をする


もう少し詳しく説明しますね。
まず(1)に関しての解説です。
辞める時期をギリギリまで隠していたのでは、いざ退店となった時に角がたちますよね?
せっかく仲良くなったお店の仲間とけんか別れなんて、悲しすぎます。
そこで、辞める時期が具体的になってきたら、店長さんなどにあなたのその後の夢や進路等を相談しておくことをオススメします。
そうすることで、店長が雑談の中などでママやオーナーさんにその状況を伝え、ママやオーナーさんもそれをなんとなく聞き、うっすらと心の準備ができる————という状態になります。
ある程度売れっ子だった場合には、「そうはいっても、どうせ他のお店に行くんでしょ?」と思われるものです。
なので「そうではない」ことを念を押しておいたほうが、円満に退店できます。

余談ですが、「3ヵ月間だけのバイトのつもりです」などと面接の時に言っているコをたまに見かけますが、それは絶対NGです。
期間限定の女のコに、お店は大切なお客様を紹介することはありません。
結果、どうでもいい席にしかつけないので、売上も苦戦したりと、メリットは全くありません。
そんな環境では3ヵ月どころか、1ヵ月ももたないかもしれません。

次に(2)の「引き継ぎ」ですが、通常オミズ業界にはこのような慣例はありません。
しかし、お世話になったお店への恩返しという意味で、最低限できることだと思います。
「お客様は私目当てにお店に通っていた」と思いたいところですが、実はお客様は元来浮気性なもの。
スキあらば他のコとも仲良くしたいと思っているものです。
「○○ちゃんが辞めちゃうの、悲しいな」と言いながらも、一方では「今度はどのコにしようかな〜」と思いを巡らせているものです(笑)。
そこは割りきって、お店のため、仲間のために、自発的に仲人をしましょう!

そして(3)「退店月の売上アップ」————業界から卒業する場合、こんなに美味しい集客のネタはありません(移籍の場合は、次のお店での初月に売上を作りたいものなので、そんなにおおごとにできませんが)。
お客様としても、「最後に行って顔をつないでおけば、引退後にプライベートで遊んでもらえるかも?」という下心もあったりします。
やりようによっては、売上は過去最大になる可能性もあり、同時に、お店へ売上で恩返しができるチャンスでもあります。
お店全体で盛り上げていただけるように、スタッフみんなに協力を求めてみましょう。


次に、他店に移籍する場合のルールについてです。

(1)退店予定日の1ヵ月前までに移籍の意思を伝える

(2)(お店に)意地悪されても、嘆かない。文句を言わない

移籍は、どうしても円満退店が難しいものです。
正直にそのまま「他のお店に行くので」なんて言ったら、それを告げた日から「じゃあ、もう来なくていいよ」と冷たく言われること必至です。
かといって嘘の理由を告げて、街でばったり会った時の気まずさを考えると、それもまたNGです。
ここはやはり最低でも1ヵ月前にはお店側に移籍の意志を伝え、辞めるまでの間はお客様から隔離されることを覚悟の上、出勤することです。
あなたのお客様以外の席に呼ばれないのはもちろんのこと、後を狙う眼の色が変わった女のコたちにそのお客様も囲まれてしまいますから、居場所がなくなってしまうことでしょう。
移籍の場合、意地悪にしか見えないお店側の対応ですが、お店としても「お客様が奪われてしまうかもしれない」という大ダメージのリスク回避のために必死なのです。

とはいえ、このようなあからさまないじわるをした場合、それを見かけた他の女のコは、「自分が辞める時もこうなる」ということを胸に刻むことになります。
すると「退店の意思を伝えないまま急にいなくなる」というケースが頻発することでしょう。
急にいなくなられては、お店も困りますよね?
お店側も、今まで頑張ってくれていた女のコを応援できるくらいに、ドンと構えていただきたいものです。

逆にお店側の立場としてみれば、売れっ子が急にお客様ごと移籍してしまい、お店の売上が激減する、などといったことのないような仕組みを、日頃から築いておかなければいけません。
そのためには、女のコが個別に持つお客様情報を共有できるような仕組みづくりをしておく必要があるのです。
辞めるとわかったキャストのお客様の周りには、眼の色を変えた女のコがよってたかり、急に営業を頑張りだします。
でも、その時から頑張りだしても、お客様にもその裏の意図はみえみえです。
弊社で提供している水商売専用のメールソフト『Legend』は、女のコお客様情報も把握しながら、かつ、全てのお客様に漏れなく営業ができるような仕組みがシステムに組み込まれており、売れっ子が移籍してしまっても、そのコのお客様に営業もできますし、女のコに「自分のお客様以外にも営業をする」という指導内容が100%実践できます。


ちなみに、ママや女のコやスタッフさんととても仲の良かった私も、辞める時はママに激怒されました。
しかしそこで逆ギレせずに、最後までお店に迷惑をかけることへの謝罪と、今までの感謝の気持ちを伝え、最後は売上も好調、円満に退店できました。
ママとは、今でも親しくさせていただいています。

ぜひ皆様も、お互い気持ちよく、平和に退店できるように、最後までキレイに頑張ってみてくださいね☆